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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

カテゴリ:京都府・寺院( 39 )

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 高桐院  臨済宗大徳寺派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:慶長6年(1601年)  開基:細川忠興  開山:玉甫紹琮
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町73-1 
 大徳寺の数ある塔頭のうち、常時拝観可能なのは龍源院、瑞峯院、大仙院、高桐院の4ヶ院らしい。未だにスマホと親しめない私は「まっぷる 超詳細!京都さんぽ地図 mini '16」という本に頼って京都の寺社を巡っているのだが、あいにくその本には瑞峯院が載っていなかったため見向きもせず、高桐院を大徳寺最後の拝観寺院とした。いや、決して昭文社(発行元)のせいではなく、ロクに下調べもせずに行き当たりばったりで向かった私が100%悪いのである。お詫びにまっぷるリンク、インストールしました。←関係なくね!? e0342766_02015904.jpg

 高桐院は細川幽斎の長男・忠興によって建立され、開祖・玉甫紹琮は幽斎の弟、つまり忠興の叔父さんであるらしい。
 細川幽斎・忠興親子は当代一流の文化人、教養人であった。幽斎は二条流の歌道伝承者・三条西実枝から古今伝授を受けており、関ヶ原の戦いの際に後陽成天皇が勅命により幽斎を助けたのも、古今伝授が途絶える事を恐れたためだといわれる。
 息子の忠興は茶人としても、利休七哲の一人に数えられるほど。忠興の嫁は名前のインパクトで誰もが知っていると思われる細川ガラシャ
ガラシャは明智光秀の娘なのだが、光秀が本能寺の変を起こした後、細川親子を味方に誘ったものの彼らはあっさり拒否。これが光秀の滅亡を決定的にしたのだとか…。
 光秀さん贔屓の私は、細川親子が如何に文武両道に秀でた素晴しい武将であろうとも、あまり好きにはなれないのであーる。

 表門を抜けると、洒落た石畳の参道が。嗚呼、なんと美しき哉。細川さんの美意識(かどうかは知らないが)は流石である。これは認めざるを得ない。庭園も実に見事であった。だが、肝心の建物については何故か全く覚えてないという…。
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 最後の最後に立寄ったのは、豊臣秀吉織田信長の菩提のために建立したという総見院。但し通常非公開のため、写真だけ撮って大徳寺を後にした。
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 No.121 大徳寺塔頭 高桐院 「高桐院」 2016-12-19(Mon) 


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by yan-puchi | 2017-04-11 04:54 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 聚光院  臨済宗大徳寺派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:永禄9年(1566年)  開基:三好義継  開山:笑嶺宗訢
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町58 
 大徳寺塔頭の一つ、聚光院が創建450年記念特別公開中だったのでフラリと寄ってみた。時間毎のグループ拝観ということで、予約時間までの隙間繋ぎに訪れたのが前回の大仙院であったため、せっかくの名刹なのにじっくり拝観する間がなかった。大仙院に申し訳ない…。その分、聚光院はガイドさん付で心ゆくまでゆったり拝観させていただいた。
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  聚光院は永禄9年(1566年)に三好義継が養父・三好長慶の菩提を弔うために創建したそうで、院号は三好長慶の法名「聚光院殿前匠作眠室進近大禅定門」から採られたものらしい。千利休が開祖・笑嶺和尚に参禅したことから、利休はここを菩提所とし、利休の流れを汲む茶道三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)歴代の墓所にもなっているのだとか。

 桃山時代に創建されたという本堂の障壁画46面は狩野永徳と父・松栄によって描かれており、全てが国宝指定だという。おお~ッ。何でも昭和54年(1979年)にルーブル美術館から『モナリザ』が来日した際、その返礼としてフランスで展示されたのが、この聚光院本堂の障壁画だったそうな。正直、あまり障壁画には興味がないのでうろ覚えだが、普段は高精度の複製なのだが(本物は京都国立博物館にある)、この時に展示されていたのは本物だったような気がする。いや、複製だったっけ…?まぁどちらにしろ見事な作品であった。個人的には永徳筆『琴棋書画図』が最も好みだった。

 狩野永徳が下絵を描き、千利休が整えたと伝わる方丈庭園「百積庭」、利休150回忌の寛保元年(1741年)に表千家7世・如心斎の寄進により建てられた茶室「閑穏席」、その70年後に建てられた茶室「桝床席」…。「閑穏席」は、かつては千利休自刃の席として伝えられていたそうだが(どうやら違うらしい)、息が詰まるような緊張感をひしひしと肌で感じる三畳の茶室であった。この茶室の漲る緊張感を体感できたのが今回一番の収穫だ。
 そして最後に見て回った書院は平成25年(2013年)秋に落慶したそうで、そこに納められていたのは、千住 博画伯によるド迫力の襖絵『滝』。構想から完成まで16年の歳月を費やしたという。鮮やかな群青から真っ白な滝が浮かび上がる姿は壮観で、息を呑む美しさである。但し和室に合うかは別問題ということで(^^;
(↓写真は創建450年記念特別公開パンフレットより) 
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  そういえば昔、SHARPのCMで千住画伯の滝の絵が使われていたような…。
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 No.120 大徳寺塔頭 聚光院 「本師釈迦如来」 2016-12-19(Mon)


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by yan-puchi | 2017-04-10 18:56 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 大仙院  臨済宗大徳寺派北派  
 山号:なし  本尊:釈迦牟尼仏
 創建:永正6年(1509年)  開基:古岳宗亘
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町54-1
 大仙院HP: http://www.b-model.net/daisen-in/ 
 大仙院は、永正6年(1509年)に大徳寺76世住職・大聖国師(古岳宗亘)によって創建され、大徳寺四派の一つ、北派本庵として栄えた寺院であるらしい。前回の龍源院は南派だったよね、たしか。
 この大徳寺四派、北派・南派・真珠派・龍泉派とあり、北派の本庵は古岳宗亘が開いた大仙院。南派の本庵は東渓宗牧が開いた龍源院。そして真珠派の本庵は一休さんこと一休宗純が開いた真珠庵。残る龍泉派は陽峰宗韶が開いた龍泉庵。そういえば妙心寺も妙心寺四派(龍泉派・東海派・霊雲派・聖澤派)なんていうのがあったっけ。どちらも塔頭が多い(大徳寺24院、妙心寺46院)からねえ。

 こちらの枯山水庭園は国の史跡及び特別名勝という立派な室町庭園なのであるが、次に訪問する寺院の拝観予約時間が迫っていたため、今回は観ずじまい。また次の機会にじっくり鑑賞させていただこう。
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 No.119 大徳寺塔頭 大仙院 「拈華殿」 2016-12-19(Mon)

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by yan-puchi | 2017-03-28 02:53 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 龍源院  臨済宗大徳寺派南派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:文亀2年(1502年)  開基:畠山義元、大友義長、大内義興  開山:東渓宗牧
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町82-1 
 大徳寺の南門を入ってすぐ左にある塔頭寺院・黄梅院は、永禄5年(1562年)に織田信長が父・信秀の追善供養のために春林宗俶(大徳寺98世)を迎えて創建されたそうだが、残念ながら通常は非公開。院内には毛利家、織田家の墓所のほか、小早川隆景蒲生氏郷などの墓塔があるという。
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(大徳寺・南門と黄梅院)

 黄梅院の隣に建つ龍源院は常時公開されている大徳寺の塔頭で、大徳寺南派の法源地本院とやららしく、方丈、唐門、表門は創建当時のままであり、大徳寺山内で最も古いお寺だそうな。 寺号の龍源院というのは、大徳寺の山号・龍宝山の「龍」と、臨済宗で唯一存続している松源一脈の「源」の2文字からなのだとか。 

 龍源院は、方丈を中心として南庭に蓬莱山形式の石庭・一枝坦、北庭に須弥山形式の枯山水庭園・竜吟庭、東に日本最小の壺石庭・東滴壺、開祖堂前庭・鶏足山、庫裏南軒先に阿吽の石庭・滹沱底といった庭園が見所らしい。
 滹沱底(こだてい)。阿吽(あうん)二つの石は聚楽第にあった基礎石だそうな。……。以前、かの有名な龍安寺の石庭を見たときも特に何も感じなかったのだが、果たして禅の心を会得出来る日は来るのかしらん?
とりあえず写真を撮った直後、あろうことか庭にスマホを落としてしまった (゚Д゚;) アワワワワ
せっかく綺麗に整えられている庭に…。お寺の方に拾っていただき、ひたすら詫びました。本当に申し訳ありませんでした。(白砂に残ったスマホの窪みも、ちゃんと直してくださいました。大変御手数をお掛けしました)
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(左が滹沱底、右は東滴壺。汝が長く深淵を覗き込む時、深淵もまた等しく汝を覗き込んでいる――)
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 No.118 大徳寺塔頭 龍源院 「大圓殿」 2016-12-19(Mon)


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by yan-puchi | 2017-02-03 02:50 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 大徳寺  臨済宗大徳寺派大本山  
 山号:龍宝山  本尊:釈迦如来
 創建:正和4年(1315年)  開基:宗峰妙超(大燈国師)
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町53
 臨黄ネット 大徳寺: http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/
 今更ながら2017年も何卒宜しくお願い申し上げます m(_ _)m

 昨年末、3日間の休みを取って10ヶ月ぶりに京都へ行ってきた。内2日間は大学でスクーリングを受け、最後の一日だけのんびり御朱印巡りを楽しんだ♪
 先頃話題になったアパホテルに2泊し、チェックアウトを済ませてまず向かったのは、学校近くにあった臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺妙心寺の46院とまではいかないが、こちらも24院もの塔頭を有する大寺院である。
 大徳寺は正和4年(1315年)に宗峰妙超(大燈国師)によって創建されたが、応仁の乱で荒廃、それを「あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ」の一休さんこと一休宗純によって復興したそうな。

 大徳寺最古の建造物の一つである三門は、一休さんの参徒で連歌師・宗長の寄進により一階を創建。その60年後に千利休によって二階が設けられて「金毛閣」と名付けられたものの、楼上に利休の木像を安置したことが豊臣秀吉の逆鱗に触れてしまい、利休切腹の一因となったという。
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 Wikiさんによると、“侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっている” とのことで、学生時代に茶の湯を学んだ身としては、何だか懐かしい方達と久々に会えたような気分であった。

 重要文化財の金毛閣や国宝の唐門、方丈などは全て通常非公開のため、横目で眺めながら道を歩いていくと、宗務本所の看板を掲げた立派な建物が。御朱印をどこでいただけばよいのか尋ねようとインターホンを鳴らしたところ、書置きでよろしければこちらでお渡ししますとのこと。ということでとりあえず門は潜ったものの、庫裏が立派すぎて勝手に開けて入ってよいものなのかと暫し外でウロウロしていたら中から開けてくださり、無事御朱印をいただくことが出来た。
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 No.117 龍宝山 大徳寺 「本朝無双禅苑」 2016-12-19(Mon)

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by yan-puchi | 2017-02-01 23:35 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 龍安寺  臨済宗妙心寺派  世界遺産
 山号:大雲山  本尊:釈迦如来
 創建:宝徳2年(1450年)  開基:細川勝元  開山:義天玄承
 所在地:京都府京都市右京区龍安寺御陵下町13
 龍安寺HP: http://www.ryoanji.jp/top.html
 知恩院からスタートした今回の京都御朱印巡り旅、最後に回ったのはこれまた世界遺産に登録されている龍安寺だ。拝観受付が16:30までだったので、仁和寺からタクシーで向かって何とか間に合った。だがやはり時間ギリギリだったため、御朱印は書置きのもので…とのことだった。
 龍安寺は宝徳2年(1450年)、応仁の乱の東軍総大将として知られる室町幕府管領・細川勝元が創建した禅寺で、その応仁の乱で焼失したものの、勝元の子・細川政元によって明応8年(1499年)に再興されたのだそうな。
 御朱印にもデカデカと書かれてあるように、龍安寺といえば石庭――幅25M、奥行10Mほどの白砂の空間に大小15個の石を配置した枯山水庭園が有名だ。でもってこの石庭、どこから眺めても14個の石しか見えないという。どれどれ……。
およそ40年前、英国のエリザベス女王は来日時に石庭を見て絶賛されたそうだが、うーん… (´・ω・`)
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 本物よりも、石庭の模型の方に興味を持ってしまった。
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 もう一つ、龍安寺で有名なのが知足の蹲踞(つくばい)と呼ばれる手水鉢で、中央の水穴を「口」の字に見立て、四方の字と合わせて「吾唯足知(吾れ唯だ足ることを知る)」と読む。釈迦が説いた「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という「知足」の心を図案化したものだそうで、黄門様こと徳川光圀が寄進したのだとか。嗚呼、残念なことにうっかり見逃してしまった(><)
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 最後の拝観を終えて嵐電・龍安寺駅に向かって歩いていたつもりが、どうやら道を誤ったらしく、通りがかりのおじさんに尋ねてみたところ、「新幹線で帰るのなら嵐電よりJR花園駅まで行った方がいいよ」とのアドバイスをいただき、花園駅までの道順を教えてくださった。そういえばせっかく京都自由周遊区間JR線3日間乗り放題券があるのに、まだ一度もJRを利用してなかったっけ。おじさんに御礼を言い、花園駅へ向かうことに。途中にあった妙心寺に再び立寄り、北門→南門を抜けて花園駅に到着。JRで京都駅に。
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 京都駅地下で土産物を購入し、夕食(だし茶漬け、美味しゅうございました)を取った後に一服しようと地上へ出ると、AQUA FANTASY なる光と音楽が連動する音楽噴水というものをちょうどやっていたので、暫し鑑賞。

 今回の京都御朱印巡り旅では、2日間で25寺社(20寺5社)を回るという無茶をしてしまった。当然一つ一つの寺社をじっくり見て回る余裕などあろうはずもなく、随分と邪道な寺社巡りであった。重々反省しております m(_ _)m
 しかしこれだけ多くの寺社を見て回れたのは “歩くまち・京都フリーきっぷ(2日フリー版)” のおかげだ。鉄道5社、バス2社の路線が利用範囲内で乗降り自由という、観光客の強~い味方があってこそ可能な御朱印巡り旅であった。


 No.104 大雲山 龍安寺 「石庭」 2016-02-27(Sat)

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by yan-puchi | 2016-07-20 07:36 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 仁和寺  真言宗御室派総本山  世界遺産
 山号:大内山  本尊:阿弥陀如来
 創建:仁和4年(888年)  開基:宇多天皇
 札所:真言宗十八本山 第6番、京都十三仏霊場 第9番、 近畿三十六不動尊 第14番他
 所在地:京都府京都市右京区御室大内33
 仁和寺HP: http://www.ninnaji.or.jp/
 15時過ぎに妙心寺を出て、大慌てで嵐電に乗り込んだ。次の目的地は拝観受付が16時までの仁和寺だ!
4月には仁和寺の宿坊の元料理長が過酷な長時間労働で抑鬱状態になったとして、約4,253万円の支払いを命じられたというニュースもあったけど…。何はともあれ世界遺産のお寺(古都京都の文化財として登録されている、17寺社の一つ)だもの、一度は行ってみなきゃ。
 嵐電に乗り込んだはいいが、仁和寺へは妙心寺駅から一駅戻らなければならないのに、誤って逆方向行きに乗ってしまった。終点の北野白梅町駅で帷子ノ辻行きに乗り換えてUターン…嗚呼、痛恨のタイムロス。
 御室仁和寺駅から真っ直ぐ歩いていくと、立派な二王門が聳え立っている。仁和寺の二王門は知恩院三門、南禅寺三門と並ぶ京都三大門の一つらしい。
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 仁和寺は仁和2年(886年)に光孝天皇が建立を発願するも翌年崩御、次代の宇多天皇が先帝の遺志を継ぎ、仁和4年(888年)に完成させた。寺号は元号から取られ、仁和寺となったのだとか。その後、宇多天皇は出家し、仁和寺内に「御室」(おむろ)と呼ばれる僧坊を建てて住んだため、「御室御所」の別称があるそうな。なので御室派総本山なのね。以降、皇室出身者が代々門跡(住職)を務め、平安〜鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保ったそうなのだが、慶応3年(1867年)に純仁法親王が還俗したことにより宮門跡の歴史を終えたという。
 じっくり拝観する時間がなかったので、二王門を潜ってすぐ左手の受付にて御朱印のみお願いしたところ、拝観料なしで御殿に上がらせていただけた。勿論、入ってすぐの納経所に行っただけだけど。すみません、次回は必ずお金を払ってじっくり拝観させていただきますので。御朱印は何種類かあるらしいのだが、今回は一種類のみいただいた。
 その後早足で境内を見て回り、国宝の金堂へ。金堂前にも納経所があったが、残念ながら既に閉まっていた。うーん…当たり前だけど10分や20分そこらで見て回れるお寺じゃない!時間がないのが悔やまれた。
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 No.103 大内山 仁和寺 「旧御室御所」 2016-02-27(Sat)

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by yan-puchi | 2016-07-18 07:31 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 妙心寺  臨済宗妙心寺派大本山
 山号:正法山  本尊:釈迦如来
 創建:建武4年(1337年)  開基:花園法皇  開山:関山慧玄
 所在地:京都府京都市右京区花園妙心寺町64
 妙心寺HP: http://www.myoshinji.or.jp/
 後ろ髪を引かれる思いで広隆寺を後にし、再び嵐電本線に乗り込んだ。時刻は14:30、見たいお寺はあと3つ。広隆寺から近い順に回るか、遠い順に回るか…。太秦広隆寺駅の一つ先の帷子ノ辻駅で北野線に乗換え、結局拝観終了時間の早い順に見て回ることに決めた。というわけで、まずは日本にある臨済宗寺院約6,000ヶ寺のうち、約3,500ヶ寺を占めるという妙心寺派の大本山、妙心寺へ。地元岡山でお寺巡りをしていて “嗚呼、このお寺は凛として素敵だな” と感じる寺院は大抵臨済宗妙心寺派なので、前々から大本山である妙心寺には非常に興味と期待を持っていた。
 北総門に到着し、まずは写真を――といきたいところなのだが、待てども待てども人が途切れる気配がない。時間もないことだし、と諦めて見知らぬ方が写りこんだ写真をパチリ。門を潜ると、境内は夥しい塔頭寺院が林立する寺の町であった。流石は末寺3,500を持つ妙心寺派の大本山、スゴすぎる! 
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 春光院 … 豊臣政権三中老の1人、堀尾吉晴が創建 
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 退蔵院 … 初期水墨画の代表作である如拙筆の国宝「瓢鮎図」を所蔵 
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 大通院 … 豊臣秀吉の家臣・一柳直末が建立 
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 隣華院 … 賤ヶ岳の七本槍の一人、脇坂安治が創建 
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 麟祥院 … 春日局開基の菩提寺

 このような塔頭寺院が46院も建ち並んでいるというのだから、一日中ここにいても全ては見て回れないような気がする(が、通常拝観できるのは退蔵院桂春院大心院のみらしい)。この時は冬の特別拝観中ということで、
天球院 池田輝政の妹・天球院が創建)の狩野山楽山雪らが描いた方丈障壁画
玉鳳院 (花園天皇の離宮跡に建つ、山内最古の塔頭寺院)の狩野永真洞雲の方丈障壁画、関山慧玄を祀る山内最古の建物・微笑庵
霊雲院 (妙心寺四派の一つ、「霊雲派」の本庵。妙心寺二十五世・大休宗休禅師創建)の枯山水庭園
が公開されていたものの、時間がないので今回塔頭は全て泣く泣くスルー。

 妙心寺は建武4年(1337年)に花園法皇が自らの離宮を禅刹に改めて創建された、日本最大の禅寺だそうな。京都市民からは西の御所と呼ばれているのだとか。長~い参道を歩いていると、何人もの地元の方が自転車でスイスイ走り抜けて行く。境内がだだっ広すぎて、生活道路になっているようだ。
 そしてついに大本山・妙心寺に到着。仏殿や法堂、浴室などを外から眺めた後に拝観受付にてひとまず御朱印をいただき、続いて拝観料を払おうとしたところ、どうも案内に従って拝観しないといけないらしい。その案内が20分間隔だというではないか。法堂の天井に描かれている、狩野探幽が8年の歳月をかけて完成させたという雲龍図と、明智光秀の菩提を追善するために江戸時代に建立された、明智風呂と呼ばれる浴室をサッと見たいだけなのだが…。
 ここで時間を取られると残り2寺を回れないので、拝観は諦めた。いつかまた必ず戻ってくるぜ!I'll be back!
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 No.102 正法山 妙心寺 「釋迦如来」 2016-02-27(Sat)

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by yan-puchi | 2016-07-09 02:01 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 廣隆寺  真言宗系単立
 山号:蜂岡山  本尊:聖徳太子
 創建:推古天皇11年(603年)  開基:秦河勝
 札所:聖徳太子霊跡 第24番
 所在地:京都府京都市右京区太秦蜂岡町32 
 西院(さい)駅から京福電気鉄道嵐山本線(嵐電)に乗り、太秦広隆寺駅で下車してすぐにある広隆寺へ。広隆寺は京都最古の寺院だそうで、平安京遷都以前から存在したという。
 広隆寺は数年前に京都在住のブログ仲間さんの案内で一度参拝したことがあるが、その時は霊宝殿に並ぶ数々の仏像のあまりの素晴しさに息を呑んだ。最も有名なのは国宝第1号(彫刻の部)の弥勒菩薩半跏思惟像なのだけど、他にも国宝や重要文化財の仏像がズラリと並んでいる。控えた照明に、誰もが言葉を失い静まり返る館内。外界とは完全に遮断された別世界であった。
 そして今回、霊宝殿へ向かう前に御朱印をお願いした。スタンプ御朱印だ。係の方が、このお寺の仏像は歴史があるということを力説されていた。
 霊宝殿の中で特に目を引くのは、3Mを越す不空羂索観音像と、これまた3M近い2体の千手観音像。特に不空羂索観音像の荘厳で美しい様は、私の貧困なボキャブラリーではとても表現出来ない見事さ!嗚呼、いつまでも眺めていたい…。

 広隆寺は聖徳太子建立七大寺の一つだそうで、日本書紀によると秦河勝が聖徳太子から仏像(弥勒菩薩)を賜り、それを本尊として建立したのが始まりなのだとか。その後、聖徳太子信仰の寺院となり、本尊も聖徳太子像になったらしい。
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 No.101 蜂岡山 廣隆寺 「弥勒菩薩」 2016-02-27(Sat)

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by yan-puchi | 2016-07-08 08:39 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 髙山寺  浄土宗
 山号:日照山  本尊:地蔵菩薩
 創建:不詳  開基:善西
 所在地:京都府京都市右京区西院高山寺町18 
 京都御朱印旅の終りは嵐電沿いの名刹を見て回ろうと西大路四条でバスを降り、京福電気鉄道嵐山本線(嵐電)西院(さい)駅へと向かう途中で見かけた小ぢんまりとしたお寺、髙山寺。あれッ、何か聞いたことがあるような…有名なお寺なのかしらん!? と寄ってみることにした。
(「鳥獣人物戯画」で有名な、世界遺産にもなっている高山寺は右京区梅ケ畑栂尾町にあり、そちらと勘違いしておりました)
 こちらの高山寺は、室町幕府8代将軍・足利義政の夫人である日野富子がここで祈願し、義尚を生んだことから安産祈願にご利益があるそうな。また、西院(さい)という地名が賽の河原の賽に通じているとして、子供を救うお地蔵様として信仰が厚いという。
 御朱印をお願いすると、住職が不在なのでスタンプでよろしければ…とのことで、ペタペタとスタンプを押して日付を書き入れてくださった。

 御朱印集めを始めて10ヶ月。100枚目の御朱印は京都西院の高山寺でいただきました♪
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 No.100 日照山 髙山寺 「御本尊子授地蔵菩薩」 2016-02-27(Sat)
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by yan-puchi | 2016-06-25 04:54 | 京都府・寺院 | Comments(0)