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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

カテゴリ:岡山県・寺院( 53 )

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 薬師院  真言宗善通寺派  
 山号:瑠璃山  本尊:薬師如来
 創建:寛和年間(985年-987年)  開基:花山法皇
 札所:中国薬師霊場 第2番
 所在地:岡山県高梁市上谷町4100

 現存天守を持つ山城としては最も高い所にあるという備中松山城の城下町・高梁市。先日ご紹介した頼久寺もそうだし、今回取り上げる瑠璃山 泰立寺 薬師院もそうなのだが、高梁のお寺はどこも石垣がスゴいのであーる。いや、お寺だけではない。江戸時代後期に小泉銅山とローハ製造で巨大な財を成した広兼さん家の大邸宅・広兼邸も随分と立派な石垣があったっけ。
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 この何だか立派すぎておどろおどろしい広兼邸で映画版「八つ墓村」のロケは行われたそうだが、ここ薬師院も「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」のロケ地らしい。御朱印を書いていただいている間に、“寅さんの撮影風景”と題されたファイルの写真をパラパラと見せていただいたが…すみません、全く興味ないです…m(_ _)m 
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 上2枚が広兼邸、下が薬師院だか隣の松連寺だかの写真なのだが、お城みたいな石垣でしょ。
(下のお寺の写真の方が何だか八つ墓村っぽいけど)
 いただいた御朱印に書かれている「醫王善逝」というのは、どうやら薬師如来のことらしい。薬師さんはいろんな呼び名があるみたいね。
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No.116 瑠璃山 泰立寺 薬師院 「醫王善逝」 2016-11-2(Wed)

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by yan-puchi | 2016-11-22 03:36 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 龍泉寺  真言宗善通寺派  
 山号:栖隆山  本尊:聖観世音菩薩
 創建:天平4年(730年)  開基:行基
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第14番
 所在地:岡山県高梁市成羽町下原370

 瀬戸内三十三観音霊場 第14番札所・龍泉寺は高梁市成羽町にある真言宗善通寺派の寺院で、以前御紹介した岡山市北区下足守にある日蓮宗最上教の総本山・龍泉寺 (No.59)と同じ寺号で紛らわしいため、タイトルに(成羽町)と入れた次第であーる…どうでもいいけど。 
 この成羽の龍泉寺は天平4年(730年)に行基が開創したそうで、本尊の聖観世音菩薩は大同年間(806年 - 810年)に弘法大師が巡錫の時、彫刻安置したものなのだとか。

 尼子家再興のため「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったというドMな…もとい、智勇・忠義に優れた立派な武将として知られる山中鹿之介こと山中幸盛 終焉の地である阿井の渡しを通り過ぎ、国道313号をひた走って成羽町に入ると、道路沿いに鳥居があるのでそこを曲がる。うーん、道が狭い。この日はたまたま代車のeKワゴンで来ていたので助かったが。暫し進むと龍泉寺への車道があるのだが、これがまたエラく急な坂だったりする (゚Д゚;) 対向車が来ないことを真剣に祈りつつ急勾配の坂を上ると、いきなり龍泉寺の境内に辿り着いてしまった。
e0342766_02150487.jpg 山門前の石柱には「棲隆山 龍泉寺」とある。正式な山号はこっちなのかな。
 手前の木の枝が邪魔で左の写真だと見えにくいが、何故かデカいスピーカーが山門に取り付けられていた。一体何のために…?
 元亨4年(1324年)に建てられたという方柱碑や、灯篭が印象的な本堂などをぼ~っと眺めていると、奥様らしき方が声を掛けてくださったので御朱印をお願いしたところ、快く応じていただけた。
 境内の駐車場に何やらボタンがあり、帰る前には必ず押すようにと書かれてある。これを押すと坂の下に設置されているパトランプが光るようになっているらしい。
対向車に怯えることなく龍泉寺を後にしたのであった。
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 No.114 栖隆山 龍泉寺 「聖観音」 2016-11-2(Wed)
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by yan-puchi | 2016-11-14 03:05 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 頼久寺  臨済宗永源寺派  
 山号:天柱山  本尊:聖観世音菩薩
 創建:不詳(1339年再興)  開基:寂室元光
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第13番、備中西国三十三観音霊場 第5番
 所在地:岡山県高梁市頼久寺町18
 頼久寺HP: http://raikyuji.com/

 岡山県内で最も心が洗われる城下町・高梁。天守の現存する山城では随一の高さ(標高約430M)を誇る備中松山城や、ベンガラ色の町並で知られる吹屋ふるさと村、現存する国内最古の木造校舎が一時話題になった高梁市立吹屋小学校などがあり、小さな町ながら県内随一の観光地だと思う。
 そんな高梁にある瀬戸内三十三観音霊場 第13番札所・頼久寺小堀遠州作の庭園で知られるお寺だ。創建は不詳だが、暦応2年(1339年)に足利尊氏により備中国の安国寺(南北朝時代に足利尊氏&直義兄弟が、北海道と沖縄を除く日本各地に設けた寺院)として再興されたらしい。ちなみに備前国の安国寺はというと、備前薬師霊場 第3番札所・醫光院なのだとか。
 永正年間(1504年ー1520年)に備中松山城主・上野頼久が寺観を一新。頼久の死後、寺号を安国頼久寺に改号。以来、現在に至るまで頼久寺の名で親しまれている。

 頼久寺を訪れるのは今回で三度目だ。数年前に歴史好きのブロガーさんと一緒に高梁の観光地を回った際に参拝したのが最初で、二度目は昨年のお彼岸時にドライブがてら御朱印をいただきに訪れたのだが、当然ながら御住職は不在で書置きのものをいただいてすごすごと帰った。その時にいただいたのが向かって右側の御朱印で、「慈眼視衆生」と書かれてある。
 そして今回、瀬戸内三十三観音霊場の御朱印(向かって左側)をいただくことが出来た。うーん…これは「佛心」と書かれてあるのでしょうか?
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No.113 天柱山 安国頼久寺 「佛心」 
2016-11-2(Wed) 「慈眼視衆生」
 2015-09-21(Sun)

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by yan-puchi | 2016-11-08 00:32 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 餘慶寺  天台宗 
 山号:上寺山  本尊:千手観音
 創建:天平勝宝元年(749年)  開基:報恩大師
 札所:中国三十三観音霊場 第2番、百八観音霊場 第3番 他
 所在地:岡山県瀬戸内市邑久町北島1187
 餘慶寺HP:http://yokeiji.com/

 上寺(うえてら)こと餘慶寺は以前参拝したことがあり、今回訪れたのは2度目。前回は中国三十三観音霊場 第2番札所の御朱印をいただいたので、今回は百八観音霊場 第3番札所のものを戴きに再訪した次第である。
e0342766_01200771.jpg  百八観音霊場というのは、中国観音霊場(第1番~第39番)、四国三十三観音霊場(第40番~第74番)、九州西国霊場(第75番~第108番)の3霊場が一緒になったもので、百八観音霊場の御朱印の特徴はというと、左上に押印された金印&花御影というお花のカードがいただけることである。納経料は500円(霊場の納経料300円+百八霊場の金印200円)と、ちょいとお高くなっている。まったく商売上手ですなぁ。
 餘慶寺さんで戴いた花御影は睡蓮であった。

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 No.107 上寺山 餘慶寺 「大慈殿」 2016-03-19(Sat)
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by yan-puchi | 2016-07-23 01:11 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 般若院  臨済宗東福寺派  
 山号:井山  本尊:千手観音
 創建:不詳
 札所:備中西国三十三所観音霊場 第25番 
 所在地:岡山県総社市井尻野1968-2 
 室町時代の画僧・雪舟が少年時代に修行した宝福寺は、元は天台宗の寺院であったが鎌倉時代の貞永元年(1232年)に鈍庵慧總により臨済宗に改宗されたそうな。改宗にあたって鈍庵は帰依した東福寺の開祖・円爾弁円の高弟・玉渓を迎え、玉渓はさらに当代屈指の名僧・無夢一清(東福寺第30世住持)を請じて、基礎を固めたという。こうして臨済宗布教の拠点となった宝福寺、一時は塔頭子院55、山外末寺300余を数えるほど隆盛を極めたそうだが、戦国時代に起こった備中兵乱で、三重塔など僅かな建物を残して全山焼失してしまったらしい。この三重塔に隣接して唯一残っている塔頭が、無夢一清を祖とする般若院だ。

 こぢんまりとした清閑なお寺であった……って、感想それだけ!? (´゚д゚` )
どうやら般若院は湯豆腐が有名らしく、精進料理を味わえるという。へぇ、またいつの日か行ってみようっと。
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 No.106 井山 般若院 「大悲殿」 2016-03-19(Sat)

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by yan-puchi | 2016-07-21 17:30 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 安養寺  高野山真言宗 
 山号:朝原山  本尊:兜跋毘沙門天
 創建:奈良時代  開基:報恩大師
 所在地:岡山県倉敷市浅原1573
 安養寺HP: http://www.geocities.jp/fukuyamao/anyouzi.html
 奈良時代、報恩大師が開山したという安養寺。報恩大師とは備前国に48ヶ寺を開基したという謎の坊さまで、この名前が出てくると、嗚呼、地元のお寺だなぁと思ってしまう。
 安養寺は倉敷市浅原という所にあるのだが、どうやら昔は朝原千坊と呼ばれた仏教聖地の本坊として栄えたらしい。
e0342766_05035474.jpg  写真だと小さく見えるが、山門に向かう101段の石段の上には思いのほかデカい毘沙門天像が!地元新聞社が毎年無料で発行している「吉備の国 寺社巡り」というガイドブックの解説によると、ここ備中福山は不老不死の妙薬を探索した徐福ゆかりの地として毘沙門天信仰が厚く、その縁で安養寺は毘沙門天を祀っているのだとか。うーん、徐福と毘沙門天の関係がよく分からないけど…。

 安養寺の見所は、成願堂という荘厳された祈りの場(ちょっと何言ってるか分からない)。一木彫りの等身大の毘沙門天像36体や、国指定重要文化財の兜跋毘沙門天像と吉祥天像などが無料で公開されている。参拝客を信頼してくれているのか、剥き出し(?)で展示されていて驚いた。
 
 源平盛衰記では鹿ケ谷の変で治承元年(1177年)、備前国に追放された藤原成親がここ安養寺に出家・受戒したと書かれているそうな。
 ちなみにこのお寺は倉敷七福神 毘沙門天本山とのこと(ちょっと何のことか分からない)。
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 No.105 浅原山 安養寺 「大毘沙門天王」 2016-03-19(Sat)
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by yan-puchi | 2016-07-21 06:49 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 浄土院  浄土宗 
 山号:栃社山  本尊:阿弥陀如来
 創建:貞観4年(862年)  
 所在地:岡山県久米郡久米南町里方808
 浄土院HP: http://www.jodoin-uruma.com/index.html

 浄土宗の開祖・法然の生誕地に建立された誕生寺の本堂裏を左に進むと、法然の両親が祀られている奥之院・浄土院がある。
 浄土院は法然の生家である漆間(うるま)家の菩提寺で、貞観4年(862年)に第3代天台座主である円仁(慈覚大師)を勧請開山上人と仰ぎ開創されたそうな。法然の弟子となった熊谷直実により建久4年(1194年)に元漆間家邸宅が寺院に改められた際、浄土院は誕生寺と称するようになったらしい。でもって元和年中に岡の坊という誕生寺の塔頭寺院があったところへ浄土院を復興し、現在に至っているとのこと。本尊の阿弥陀如来像は慈覚大師作と伝えられている。ちなみに勧請開山とは、寺院建立にさいして信仰上から過去の高僧などを開山として祀ることなのだとか。 e0342766_04405895.jpg 
 
 御朱印をお願いしたところ、ご丁寧にお土産?までいただいた。それがこのマイクロファイバークロスである。家だけでなく、心までもピカピカに磨けよということなのだろうか。←そりゃ穿ち過ぎだって(^^;
 誕生寺参拝の折には、ぜひ奥之院まで足を運んでみられてはいかがでしょうか。 
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 No.73 栃社山 浄土院 「無量壽殿」 2016-02-17(Wed)
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by yan-puchi | 2016-03-04 15:37 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 誕生寺  浄土宗 
 山号:栃社山  本尊:圓光大師
 創建:建久4年(1193年)  開基:法力房蓮生(熊谷直実)
 札所:法然上人二十五霊場 第1番、中国三十三観音霊場 特別霊場 他
 所在地:岡山県久米郡久米南町里方808
 誕生寺HP: http://www.d3.dion.ne.jp/~tanjoji/

 県内寺院用の御朱印帳が全て埋まったので、最上稲荷(妙教寺)で新たな御朱印帳を購入した。といっても使い切ったモノと全く同じ御朱印帳だけど。ただ最初のページはメジャーなお寺でと思い、県内で初めて御朱印をいただいた誕生寺へおよそ10ヶ月ぶりに行ってきた(前回の記事はこちら)。
 16時過ぎに到着し寺務所にお邪魔すると、いらしたのは住職さん(と思われる男性)がお一人。以前参ったときは女性の方が受付をしてくれたのだが…。緊張しつつ寺務所内で販売されている品々に目を遣り、つい先程購入したばかりだというのに、今度は誕生寺のオリジナル御朱印帳も購入してしまった。
 さて、浄土宗の開祖・法然の生誕地に建立された誕生寺は様々な霊場の札所になっており、
 ・法然上人二十五霊場 第1番
 ・中国三十三観音霊場 特別霊場
 ・中国地蔵尊霊場 第1番
 ・百八観音霊場 第5番
 ・山陽花の寺二十四か寺 第12番
とあるのだが、前回は法然上人二十五霊場の御朱印をいただいたので、今回は百八観音霊場のものをオリジナル御朱印帳の方にお願いした。百八観音霊場については以前西大寺2で書いたが、この霊場の御朱印の特徴は左上に押された金色の印と、華紋カード(花御影)がいただけることである。住職さんは各霊場毎にあるらしいマニュアルを取り出し、暫しにらめっこ。
e0342766_04413603.jpg「百八観音霊場は金色のハンコを押して、何かお花のカードがいただけると思うんです」
「…ああ、なるほど。花のカードはこれじゃな。ハンコはどこに押しゃあええんかな?」
「左上です。あ、でもどこでも空いたところでいいです」
「…本当じゃ、そう書いてあるわ」
 手渡された誕生寺の華紋カードは沈丁花であった。住職さんがマニュアルを見ながら御朱印を書き終えられたところで、御朱印帳の題字も書いていただくことに。
「名前は何といわれるんかな?」 ええッ、名前入り!? ま、まぁ珍しくていいかな…(^^;
こうして書き上げられた御朱印帳を見て更にビックリ!
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なっ、なんでハンコだけ!? (゚д゚lll) おまけに右上の札所のハンコ、間違ってるぅ…(TдT)  本当に住職さん?
 その場で指摘するのも気が引けるし、まぁレアな御朱印ということでコレはコレでいいや。ということにしてオリジナル御朱印帳をバッグにそそくさとしまい、続いて最上稲荷で購入した御朱印帳を取り出し、図々しくも今度は中国地蔵尊霊場の御朱印をお願いした。こちらは正しく書いていただけてホッとした。
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 中国観音霊場(百八観音霊場)というからには当然観音様が祀られているわけだが、寛永8年(1631年)に美作津山藩の初代藩主である森 忠政(森 蘭丸の弟)が寄進したという観音堂には、慈覚大師の作と伝わる聖観世音菩薩が祀られており、お七観音と呼ばれている。これは八百屋お七さんの遺族が位牌と振袖を持参し、誕生寺第十五代通誉上人に供養を依頼したからだという。
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 No.72 栃社山 誕生寺 「娑婆堂」 2016-02-17(Wed)

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by yan-puchi | 2016-02-22 06:07 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 曹源寺  臨済宗妙心寺派  
 山号:護國山  本尊:十一面観世音菩薩
 創建:元禄11年(1698年)  開基:池田綱政  開山:絶外
 所在地:岡山県岡山市中区円山1069 
 備前国第一の禅寺・曹源寺。岡山藩第二代藩主・池田綱政が、高祖父・信輝(恒興?)と父・光政の菩提を弔い、また自らの冥福を祈るために、元禄11年(1698)に創建した西日本屈指の臨済宗(禅宗)のお寺だそうな。初代藩主の池田光政は日本最古の庶民学校である閑谷学校(国宝)を開いたことでも知られ、江戸時代初期における三名君の一人だが、長男にして二代藩主の綱政は全く政治に無関心のバカ息子だったようで、『土芥寇讎記』(元禄時代に書かれた、各藩の藩主や政治状況を解説した本)には「生まれつき馬鹿」「愚か者で分別がない」などと記されているらしい。
 禅宗建築の壮大な伽藍脇には真言宗、天台宗、日蓮宗、浄土宗の塔頭が配されていたが、現在は天台寺(天台宗)と大光院(日蓮宗)が残っているのみである。本堂の背後には二代藩主・綱政から十代藩主・章政までの歴代藩主や近親者の墓所が築かれており、近世大名墓の典型的な墓所として国の史跡に指定されている。
 とまぁそこそこ立派な禅寺なのであるが、ここで修行しているのはどういうわけか全て外人さんばかりなので、地元民にはあまり馴染みがないお寺かもしれない。初めて御朱印をお願いしようと庫裏にお邪魔したときは、外人さんに驚いて慌てて退散してしまった…(^^;  (↓下の写真はたしか春頃の曹源寺三門。緑鮮やか) 
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 その後何度か訪れてみたが、誰も出てこられなかったり、「イマ、ニホンゴワカルヒト、イナイ」と白人のお兄さんに言われたりして、すっかり意気消沈。一旦は諦めかけていたものの先日、ダメ元で数ヶ月ぶりに訪問してみたところ、
「(御朱印を)書ケルノハ、副住職サンダケデス。今日ハ6時カラ座禅ガアルノデ、ソノ頃ニハ戻ルト思イマス」
とのこと。おおッ!ついに御朱印をいただける時が!2時間程ドライブしながら時間を潰し、18時前に再訪すると
「スミマセン。副住職サン、マダ帰ッテ来マセン。明日ノ朝8時ニハイマス。朝、来レマスカ?」
朝食が7時からなので、その後なら必ずいると言う。うーん朝8時かぁ、普段なら爆睡中の時間だが…。
「はい、では明日の朝8時にまた伺います」
 そして翌朝8時、今度こそ副住職さんはいらっしゃるようで、御朱印帳を手渡すとどこかに行かれた。そして戻ってくるなり
「ゴジュップン、待ッテクダサイ」
ええッ、50分!? (゚Д゚;) まぁ、御朱印がいただけるのであれば50分でも1時間でも待ちますけど。待っている間、修行僧達の会話が聞こえてきたが、勿論全て英語。寺なのに異国情緒たっぷり。何とも不思議な感覚だった。
 数分後、マイ御朱印帳を手に副住職さん登場。この方も英語ペラッペラなんだろうなあ。先ほど「ゴジュップン」と言われたのは、5~10分のことだったようだ。副住職さんに御礼を述べて庫裏を出ると、来るときには降っていた雨がカラリと上がっており、清々しい朝の空気に包まれた。Where there is a will, there is a way.
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(上から総門、三門、仏殿、天台寺、大光院)

 No.71 護國山 曹源寺 「圓通」 2016-02-09(Tue)

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by yan-puchi | 2016-02-18 04:33 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 少林寺  臨済宗妙心寺派  
 山号:國富山  本尊:観世音菩薩
 創建:万治3年(1660年)  開基:池田輝興  開山:法隣
 所在地:岡山県岡山市中区国富2-1-11 
 少林寺といえば、やはり中国の少林武術で有名な嵩山少林寺だろう。でもって1982年に公開された中国・香港合作映画「少林寺」を思い出してしまう。中国武術大会で5年連続個人総合優勝を果たしたという中国武術界の至宝・李連杰(リー・リンチェイ。その後ジェット・リーとしてハリウッドでも活躍)が主演、その他于海(ユエ・ハイ)、胡堅強(フー・チェンチアン)らいずれも本物の武術家が出演し、アジア各国で少林寺ブームを巻き起こした。個人的に少林寺映画で思い出深い作品といえば、成龍(ジャッキー・チェン)主演の「少林寺木人拳(少林木人巷)」で、子供の頃は木人の動きを真似て遊んだものだった。 
 今回訪れた少林寺はそんな中国武術とは何の関係もない、播州赤穂藩2代藩主・池田輝興が兵庫県赤穂市に建立した長松山盛岩寺を前身とする、臨済宗妙心寺派のお寺である。輝興は正保2年(1645年)不行状を理由に改易となり、甥の岡山藩主・池田光政の預かりとなったそうで、正保4年に岡山で病没したらしい。そして万治3年(1660年)に盛岩寺をこの地に移転し、法隣を開山和尚に迎えて國富山少林寺と改称したそうな。
e0342766_00330682.jpg 御朱印をお願いしに伺うと女性の方が応対してくださり、待っている間は3人のお子さん達とおしゃべりして楽しんだ。既に成人してしまった我が家の息子たちにも、こんな可愛い頃があったっけ(^^)
 お土産に手ぬぐいと和菓子までいただき(前日に茶会か何かあったそうで、その御裾分け)、何とも温かい気分でお寺を後にしたのであった♪

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 No.70 國富山 少林寺 「聖観音」 2016-02-08(Mon)

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by yan-puchi | 2016-02-16 05:17 | 岡山県・寺院 | Comments(0)