ブログトップ

御朱印集め 始めました

yanpuchi77.exblog.jp

主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

カテゴリ:岡山県・神社( 18 )

e0342766_03554343.jpg
 備中高梁 稲荷神社  
 祭神:稚産霊神、豊受姫神、倉稲大神
 創建:寛弘元年(1004年)  
 所在地:岡山県高梁市落合町近似117
 高梁 稲荷神社 宮司さんのBLOG: http://ameblo.jp/uccyida528197/
 成羽から高梁市市街地へ戻る途中で見つけた稲荷神社にふらりと寄ってみた。
 なんでも平安時代に花山上皇が備中国に滞在された際、この地に京都の伏見稲荷大社の御霊を勧進されたのが高梁稲荷神社の始まりらしい。戦国時代から歴代備中松山城主の崇敬が厚く、社殿の造営や寄進などが行われてきたそうな。
 宮司さんは不在だったが書置きの御朱印があったので、有難く1枚いただき、御朱印代を置いておいた。ついでに2016年版の「まいられぇ岡山 神社仏閣を巡る」ガイドブック(岡山県内の神社仏閣56社寺が掲載されている、山陽新聞社が毎年発行している無料のガイドブック。内容は毎年同じだけど…)も1冊頂戴してきた。
e0342766_03552348.jpg
e0342766_03553309.jpg

 No.115 高梁 稲荷神社 「備中高梁 稲荷神社」 2016-11-2(Wed)

[PR]
by yan-puchi | 2016-11-14 04:37 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_23585032.jpg
 沖田神社  旧県社
 祭神:天照大御神、素戔嗚尊、軻遇槌命、倉稲魂命、句句廼智命、おきた姫
 創建:元禄7年(1694年)  
 所在地:岡山県岡山市中区沖元411
 沖田神社HP: http://www.okita-shine.com/
 小学2、3年生の頃に遠足で沖田神社へ行ったのだが、この神社の由来を聞き、子供だった私は怖くて仕方がなかった。あれから約40年が経ち、怖さも薄れたので再び訪れてみることにした。
 久々に行ってみてビックリ!何だかやけに立派…というか仰々しくなってる!
 沖田神社は、備前藩主・池田綱政の時代に、新しく開拓された沖新田の産土神として建立されたそうで、その沖新田の開墾は、岡山藩の藩政確立に大きな役割を果たした津田永忠が、綱政の命を受けて元禄5年(1692年)に着工したらしい。
 沖新田の干拓も完成間近、いよいよ最後の潮止め工事となった時、何度やっても翌日になると崩れるという繰り返しで、人々は「龍神さまのたたりじゃ。お怒りを治めるには人柱をたてにゃおえんぞ」と信じ込むようになっていたそうな。永忠らが大変悩んでいると、永忠の屋敷で奉公していた『キタ』という娘が自らすすんで人柱にたつと申し出て、人々が見守る中、潮止め工事の海辺から海中に身を投じたという。すると不思議に潮流が静まり、潮止め工事は完成したのだとか。その、おキタさんを祀っているから沖田神社なのだ――と。
 「ノストラダムスの大予言」を知り、あまりの恐怖に泣いてしまったくらい幼気な少女だった当時の私。人柱と聞いただけでもう怖くて怖くて…((((;゚Д゚))))
 40年ぶりに訪れてみると、いつの間にやら拝殿が建替えられていて立派になっていた(どうやら社殿の老朽化が進み、御鎮座300年の節目の機会に建替えたらしい。平成23年(2011年)秋に竣工)。その拝殿の前には、何と津田永忠&おキタさん(おきた姫)の顔ハメ看板が!
 境内には道通宮というお宮もあるのだが、こちらは天正10年(1582年)6月4日、備中高松城(秀吉の水攻めで有名)城主・清水宗治の次男が落城の際に逃走を試み、かねてより信仰していた道通宮に祈願したところ、一匹の白蛇に守り導かれて無事に逃れることが出来たという。その後、寛政12年(1800年)にお宮は沖田神社の境内に移され、沖田神社の御末社に加えられたらしい。
 社務所で御朱印を書いていただいている間、ふと目に留まった御朱印帳を新たに購入。御朱印帳を購入すると最初のページに御朱印を書いてくださるそうで、結局御朱印を2枚も書いていただくことに。更には招き猫が描かれた開運招福袋(御朱印帳袋)まで付けてくださった。実にサービスのよい神社であった。
e0342766_01380114.jpg
e0342766_01385161.jpg
 御朱印帳は1,200円也(御朱印代込みなのかな)。おまけに御朱印帳袋付き♪
e0342766_23555381.jpg

 No.56 沖田神社・道通宮 「沖田神社 道通宮 2015-11-22(Sun)

[PR]
by yan-puchi | 2015-12-10 02:03 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_04043743.jpg
 吉備津彦神社  備前国一宮、別表神社
 祭神:大吉備津彦命
 創建:不詳  創祀:不詳
 所在地:岡山県岡山市北区一宮1043
 吉備津彦神社HP: http://www.kibitsuhiko.or.jp/
 近年、御朱印集めにハマっている、所謂 “御朱印ガール” が増えているという。巷に溢れる御朱印ガールの特集をしよう!と企画した地元TV局から連絡があり、御朱印ガールならぬ御朱印BBAの私も恥ずかしながら参加させていただくことに。茹だるような暑さの中、久々に吉備路の寺社をいくつか回ってきた。

 まず最初に訪れたのは、今回が2度目となる備前国一宮・吉備津彦神社。 (前回の記事はこちら
 正しい神社参拝作法にのっとって、まずは一礼して鳥居をくぐり、参道の端を歩く。続いて手水舎で手と口を清め…って流石に口を付ける勇気はなかったのでそこは真似で御勘弁。拝殿ではまず賽銭箱にそっとお金を入れ、二拝二拍手一拝。神様には願いごとではなく誓いをするように、とのことだが思いっきり我欲丸出しのお願いをしてしまった。
 前回とは違う方が書いてくださったため、今回の御朱印は何やら力強い感じ。同じ寺社の御朱印でも書き手によって変わるというのも、御朱印集めの楽しさのひとつだ。 
e0342766_04041808.jpg

 No.- 吉備津彦神社 「吉備津彦神社」 2015-08-18(Tue)

[PR]
by yan-puchi | 2015-11-16 04:50 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_02463162.jpg
 宗忠神社  
 祭神:宗忠大神(教祖・黒住宗忠)
 創建:明治18年(1885年)  
 所在地:岡山県岡山市北区上中野1-3-10
 宗忠神社HP: http://www.munetada.jp/

 宗忠神社(大元宗忠神社)の御朱印をいただくのは今回で2度目。(前回の記事はこちら
 今回訪れたのは、山陽新聞社が発行している「まいられぇ岡山 神社仏閣を巡る」という岡山県内の由緒ある神社仏閣46社寺を掲載している無料のガイドブックの2015年版(といっても昨年と内容は全く同じ)と、その46社寺に備えつけのスタンプのうち15個集めると賞品が当たるというスタンプラリーの応募台紙をいただくためである。
e0342766_02455885.jpg
e0342766_02454928.jpg
 対象の寺院・神社は以下のとおり
岡山市-最上稲荷、國清寺、盛隆寺、浄土寺、日應寺、龍泉寺 / 吉備津神社、吉備津彦神社、宗忠神社、岡山神社、沖田神社・道通宮、龍之口八幡宮、備前国総社宮
倉敷市-蓮台寺、安養寺、五龍尊瀧院 / 新庄八幡宮、由加神社本宮
津山市-慈恩寺、清眼寺、本源寺、萬福寺 / 福力荒神社
井原市-嫁いらず観音院
総社市-備中国分寺、宝福寺 / 備中国總社宮
高梁市-祇園寺、淨福寺、頼久寺 / 稲荷神社
新見市-本誓寺
瀬戸内市-餘慶寺、朝日寺、遍明院
赤磐市-千光寺、普門院
美作市-大聖寺、長福寺
浅口市-龍城院
真庭市-大津神社
矢掛町-多聞寺
久米南町-誕生寺
吉備中央町-円城寺、妙本寺
早島町-鶴﨑神社

 これらの寺社のうち、既に当ブログで御朱印を紹介済のところはたったの14件。まだ1/3 も回れていないなんて…(´ヘ`;) まぁぼちぼち集めていくとしよう。
e0342766_02290927.jpg
 No.- 宗忠神社 「宗忠神社 2015-08-16(Sun) 

[PR]
by yan-puchi | 2015-11-16 03:58 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_03221898.jpg
 伊勢神社  旧県社
 祭神:天照皇大神、豊受大神、栲幡千々姫命
 創建:崇神天皇54年(B.C.44年) 豊鋤入姫命  
 所在地:岡山県岡山市北区番町2-11-20
 岡山県神社庁HP: http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=01007

 関ヶ原の裏切り者・小早川秀秋の菩提寺である瑞雲寺と同じ町内に伊勢神社なる神社があることを初めて知り、原付でひとっ走りして参拝した。
 伊勢といえばやはり三重県伊勢市の伊勢神宮が真っ先に思い浮かぶはず。何故斯様な地に伊勢宮が…?何でも「伊勢神社略記」によると、天照大御神が現在の伊勢神宮の地に鎮座するまでには、89年間に亘って諸国を次々と遷宮したのだとか。倭国笠縫邑(奈良県檜原神社)に34年間、丹波国吉佐宮(京都籠神社他諸説あり)に4年間、倭国伊豆加志本宮(奈良県與喜天満神社)に8年間、木国奈久佐濱宮(和歌山県日前国懸神宮)に3年間、吉備国名方濱宮(岡山県伊勢神社)に4年間、倭国三輪の御室嶺上宮(奈良県大神神社)に2年間鎮座し、その後11ヶ所の宮々を経てやっと伊勢国度會の宮(三重県伊勢神宮)に鎮座したという。
ということで伊勢神宮の元宮として祭祀を続けること2千有余年、備前で最も古い社歴の神社だそうな。
 文禄元年(1593年)には豊臣秀吉の命を受けた宇喜多秀家が、征韓の役(文禄・慶長の役)の出陣に先立ち具足甲胄に身を固め、藩主以下総勢行列を整え、藩旗、弓、槍、鉄砲等を持って伊勢神社に戦勝祈願に詣でたらしい。そして寛永年間(1624年~1645年)から明治維新に至るまで、備前藩寺社領としては最高の300石を賜っていたという。そんな由緒ある立派な神社がこんな町中に人知れずひっそり建っていようとは (゚Д゚)

 京都の東寺(教王護国寺)からスタートし、主に地元岡山の寺社を巡っての御朱印集めも今回でやっと50枚目。県内だけでも未訪問の寺社がまだまだ数多くあるというのに、国内だと一体あと何万、何十万の寺社があるのだろう…。残りの人生でどれだけ参拝できるのかしらん。 御朱印集め(寺社巡り)が楽しすぎて、ついにはこの秋から某大学の通信生となり本格的に仏教を学ぶことにした。目指すは第二の寂聴さんだ!
e0342766_03211475.jpg
e0342766_03215000.jpg

 No.50 伊勢神社 「伊勢神社 2015-07-10(Fri)

[PR]
by yan-puchi | 2015-10-17 02:04 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_04364619.jpg
 玉井宮東照宮  旧県社
 祭神:豊玉比売命、彦火火出見命、玉依比売命、徳川家康公
 創建:応徳2年(1085年)  
 所在地:岡山県岡山市中区東山1-3-81
 玉井宮東照宮HP: http://www.jinja-net.jp/tamaiguu/top.html

 以前からネットで見て気になっていた丸文字の御朱印をいただきに、岡山市中区にある玉井宮東照宮まで原付を走らせた。東山峠という丘陵の上にあるのだが、御朱印に興味を持つまでそんな所に神社があることすら知らなかった。パタパタと原付でやや急な坂道を上って辿り着いた玉井宮東照宮は、思っていたよりずっと立派な神社であった。 
 まずは拝殿にて参拝を…ってええッ!? もしかして御神体が羊!? 何故か真正面には羊さんの人形(?)が。奥の方に目を向ければ、色々な動物さん達の姿も。何でも数年前から干支を表す動物を境内に据えているのだとか。そういえば今年は未年だったっけ。
 参拝を終えてからインターホンを鳴らすと、「はーい」と奥の方から元気なお返事が。あ、この方が丸文字御朱印を書かれる方なんだな、と妙に納得。いただいた御朱印はそれほど丸っこい書体ではなかったが、個人的にはこういう字が結構好きだったりするので嬉しい。
 ちなみに元々、玉井宮と東照宮は別々の神社だったが、明治14年(1881年)に合祀されて玉井宮東照宮となったそうな。
e0342766_04361572.jpg
e0342766_04353029.jpg

 No.48 玉井宮東照宮 「玉井宮東照宮 2015-07-05(Sun)

[PR]
by yan-puchi | 2015-09-04 05:05 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_13244516.jpg
 安仁神社  旧国幣中社、別表神社  
 祭神:五瀬命、稲氷命、御毛沼命
 創建:不詳  創祀:不詳
 所在地:岡山県岡山市東区西大寺一宮895
 安仁神社HP:http://anijinja.webcrow.jp/index.html
 牛窓で寺社巡りをした帰りに寄ったのは、岡山市東区にある安仁神社
 社伝では、神武東征の際に五瀬命が数年間この地に滞在し、神武天皇が即位後に五瀬命ら皇兄達(五瀬命→神武天皇の長兄、稲氷命→次兄、御毛沼命→三兄)をこの地に祀り「久方宮(ひさかたのみや)」と称したのが起源らしい。で、神武天皇の兄を祀っているので兄神社→安仁(あに)神社になったのだとか。元々はここが備前国一宮となるはずだったが、天慶2年(939年)の天慶の乱に安仁神社が藤原純友方に味方したため、一宮の地位を朝廷より剥奪されてしまったのだそうな。ちなみに安仁神社(岡山市東区西大寺一宮)に代って備前国一宮となったのは、朝廷に味方した備中国一宮である吉備津神社より、御霊代を分祀されて創建した吉備津彦神社(岡山市北区一宮)である。
 安仁神社へ続く道を車で走っていると、リュックを背負って歩く真っ黒に日焼けした5~60代の男性の姿が目に入った。周りには田んぼしかない田舎道なので、もしやこの方も神社に向かっているのかしらん?と思いつつも、さして気にせずそのまま追い越して神社に辿り着いた。
 駐車場に車を止め、のんびり歩いて二つの鳥居をくぐり、少々急な石段を上ったところに拝殿があった。参拝を済ませてから社務所へ伺うと、若い女性の方が応対してくださった。御朱印を書いていただく間に境内を見て回るよう勧められてうろうろしてみたが、どこからか聞こえる虫の羽音が怖すぎてほとんどロクに見ていない。初夏に来たのは失敗だった。
 御朱印をいただき帰ろうとしていたところで、先ほどのリュックおじさんが汗を拭き拭き石段を上ってこられた。
「駅からすぐだと聞いて歩いて来たけど、結構遠くて…」
ええッ!? ひょっとして西大寺駅から徒歩でここまで!? ま、マジですか…スゲェ (゚Д゚;)
嗚呼、だけどおじさんの姿は明日の我が身。今は近場の寺社を中心に車で回っているが、今後御朱印を求めて遠出するようになったら、やっぱり電車を使って駅から歩くことになるんだろうなぁ。御朱印巡りってホント、体力がいるのよね。もっと若いうちから始めとけばよかったと切に思う今日この頃であった。
e0342766_13290451.jpg
e0342766_13291228.jpg

 No.43 安仁神社 「安仁神社 2015-06-15(Mon)
[PR]
by yan-puchi | 2015-07-31 17:33 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_02143031.jpg
 牛窓神社  旧県社  
 祭神:応神天皇、神功皇后、武内宿禰命、比賣大神
 創建:長和年間(1012年~1016年)  
 所在地:岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓2147
 岡山県神社庁HP: http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=08003
 山道を下っていると途中に牛窓神社の看板があったので、ちょっと寄ってみることに。
 原初の頃は土地の神霊及び氏の祖先の神霊を祀っていて牛窓明神と呼ばれていたそうだが、長和年間(1012年~1016年)、教円大徳によって豊前(大分県)の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・武内宿禰命・比賣大神の御神霊をお迎えして牛窓八幡宮となり、後に牛窓神社と改称したらしい。
 緑溢れる参道を抜けてビックリ、こんな山中に古式床しい神社があったとは。拝殿・本殿ともに思わず見惚れてしまった。
 拝殿にレッツゴー三匹じゅんさんと原田伸郎さんがそれぞれTV番組のロケで訪問した時の写真が飾られていた。写真の色褪せ具合とお二人の微妙さがしっくりしすぎて、何ともいえない気分になった…。
そういえば倉敷児島の由加神社にも芸能人が参拝に来ましたとかいう写真が飾られてたっけ。向こうは高倉 健さんと長渕 剛さんだったけど。個人的には『乾杯』より『みかんの心ぼし』の方が好きだったなぁ(^^;
 御朱印をお願いすると、「書置きになりますけど…」とおっしゃりつつ取り出された御朱印のド迫力にこれまたビックリ。娘しか書けないけど今はちょっと出ていて…とか何とか言われていたような気がする(うろ覚え)。何というか味があって個性的ですごくいいとは思うけど、どうしてこういう風になっちゃったんだろう?まぁワイルドな御朱印は好みだけどね。隅の辛うじて字か書ける余白にちゃんと日付を入れてくださった心遣いが嬉しい。
e0342766_02135089.jpg
e0342766_02140117.jpg

 No.39 牛窓神社 「牛窓神社 2015-06-15(Mon)
[PR]
by yan-puchi | 2015-07-14 03:45 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_22512895.jpg
 今村宮  旧県社  
 祭神:天照大御神、八幡大神、春日大神
 創建:建武元年(1334年)  創祀:菖蒲正寿
 所在地:岡山県岡山市北区今4-3-5
 岡山県神社庁HP: http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=01030
 黒住教の教祖・黒住宗忠の生誕地にて教祖を祀る宗忠神社から徒歩数分のところにこじんまりと建っている今村宮。教祖さんは黒住教を始めるまで今村宮の禰宜だったとか。
 創建は建武元年(1334年)、岡山市中心部の内山下榎馬場(現在の岡山県庁前)に奥州白川城主・菖蒲七郎左衛門の子・正寿が勧請したという。天照大御神、八幡大神、春日大神の三神を奉祀したので “三社明神” または “三社宮” と称し、約250年に亘って岡山市中心部の産土神として崇敬されたらしい。
 そして天正8年(1580年)に宇喜多直家が岡山城城郭を拡張するにあたり、付近の土地を整理・移転。そこで三社明神は現在の地(旧・今野村)に祀られていた八幡宮に遷宮され、二つの神社は合祀されて現在の今村宮となったそうな。
 岡山市民の初詣といえば最上稲荷吉備津神社が人気だけれど、私は毎年この神社に参拝しているため(初詣に限らず割とちょくちょく立寄る)、どうも有難みが薄いような…(^^; 
 そんな行き付けの神社(何という罰当たりな表現)であるが、御朱印がいただけるとは知らなかった。今回、改めて今村宮についてネットで調べてからじっくり参拝。元和9年(1623年)に再建されたという本殿の立派さに、今更ながら気付いたりして。鳥居の脇に掲げられている木製の定書もよく見ると微笑ましい。
 1.車馬ヲ乗リ入ル事
 1.魚鳥ヲ捕ル事
 1.竹木ヲ伐ル事
 右條々於境内令禁止者也   明治十六年六月九日  今村宮
e0342766_22510553.jpg

 No.37 今村宮 「今村宮 2015-06-10(Wed)

[PR]
by yan-puchi | 2015-07-13 12:27 | 岡山県・神社 | Comments(0)
e0342766_04570672.jpg
 玉比咩神社  旧村社  
 祭神:豊玉姫命
 創建:不詳  創祀:不詳
 所在地:岡山県玉野市玉5-1-17
 玉野市観光協会HP: http://tamanokankou.com/kankou/tamahime.htm
 岡山市内から日比観音院へ向かう途中に大きな神社があったので、帰りに寄ってみた。玉比咩(たまひめ)神社というらしい。 
 創建年代は不詳ながら、貞観5年(863年)太政官符所見の国内神明帳の一つである『備前国神名帳』に記載されていることから、遅くとも平安時代前期には建立されていたらしい。「海幸山幸」の話に登場する海の女神(龍宮の乙姫様)・豊玉姫命を祀っているという。が、それよりも境内地に鎮座する巨大な霊岩(磐座)そのものが御神体であるとともに御社なのだとか。
 玉比咩神社略記によると
「当神社境内に巨岩あり。口碑によれば古来より霊岩なりと尊崇し諸人之を玉石と称へしが中世に至りて立石と改称され崇拝せりと伝へられる。これ即ち神籬磐境(ひもろぎいわさか)の祭祀の形式にして当神社の起源なり」
 なるほど、神社の横にはデーンと巨大な岩が!この巨岩、上代において暗夜一大音響を発して割れたかと思うと3つの火の玉が飛び出し、1つは臥龍稲荷神社奥宮へ、1つは西大寺の観音様へ、そして残りの1つが牛窓へ飛び去っていったという。
e0342766_04564146.jpg
 上の写真だと小さすぎて分からないと思うが、臥龍稲荷神社奥宮というのは神社の背後の山・臥龍山の中腹にある奥宮のこと。せっかくなのでお参りしたかったが仕事前だったため、ここで体力を使い果たすのは躊躇われ、参拝は断念。
 玉野といえば造船の町(三井造船の創業の地。戦時中には艦艇を手がけ、現在でも自衛隊の艦艇を建造している)ということで、この神社の御守は陸上で組み上げられた新造船が始めて海に進水する時に使われる支え綱(支綱)が使われている。
e0342766_04562935.jpg

 No.36 玉比咩神社 「玉比咩神社 2015-06-10(Wed)

[PR]
by yan-puchi | 2015-07-12 20:22 | 岡山県・神社 | Comments(0)