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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 光明寺  高野山真言宗  
 山号:日光山  本尊:十一面観音
 創建:奈良時代? 報恩大師
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第9番
 所在地:岡山県備前市三石148

 備前市にある瀬戸内三十三観音霊場 第9番札所・光明寺へは電車で行ってきた。岡山駅から姫路方面行きの山陽本線に乗ってカタンコトンと揺られること約40分、三石駅に到着。駅を出て山陽道を真直ぐ歩いていくと、10分ぐらいで左前方の山の上にお寺らしき建物が目に入る。うっそーん!あんな所まで歩いていくのは無理だわ…と絶望的な気分になるも、ふと右を見るとこちらにもお寺らしき建物が。幸いなことに道沿いに建つこちらが光明寺だった。 
 温かく迎え入れてくれる竜宮門をくぐると、やたらとデカい「明治天皇行在所」の石碑が目の前に。何でも明治18年(1885年)に明治天皇が巡幸の帰途一泊されたのだとか。
 まずは本堂に参拝し、あちこち見て回ってから御朱印をお願いしようとインターホンを押すと、本堂の前で待つように言われた。わざわざ本堂に上げていただいたうえ、目の前で御朱印を書いてくださった。更にはお茶まで出してくださり、墨が乾くまであれこれお話させていただいた。そして参拝の記念品まで!!
 御住職の心遣いに甚く感動しつつ、お寺を後にした。
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参拝記念のロウソク
どうも有難うございました(^ ^)





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 No.51 日光山 光明寺 「大悲殿 2015-07-12(Sun)

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by yan-puchi | 2015-10-25 00:14 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 伊勢神社  旧県社
 祭神:天照皇大神、豊受大神、栲幡千々姫命
 創建:崇神天皇54年(B.C.44年) 豊鋤入姫命  
 所在地:岡山県岡山市北区番町2-11-20
 岡山県神社庁HP: http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=01007

 関ヶ原の裏切り者・小早川秀秋の菩提寺である瑞雲寺と同じ町内に伊勢神社なる神社があることを初めて知り、原付でひとっ走りして参拝した。
 伊勢といえばやはり三重県伊勢市の伊勢神宮が真っ先に思い浮かぶはず。何故斯様な地に伊勢宮が…?何でも「伊勢神社略記」によると、天照大御神が現在の伊勢神宮の地に鎮座するまでには、89年間に亘って諸国を次々と遷宮したのだとか。倭国笠縫邑(奈良県檜原神社)に34年間、丹波国吉佐宮(京都籠神社他諸説あり)に4年間、倭国伊豆加志本宮(奈良県與喜天満神社)に8年間、木国奈久佐濱宮(和歌山県日前国懸神宮)に3年間、吉備国名方濱宮(岡山県伊勢神社)に4年間、倭国三輪の御室嶺上宮(奈良県大神神社)に2年間鎮座し、その後11ヶ所の宮々を経てやっと伊勢国度會の宮(三重県伊勢神宮)に鎮座したという。
ということで伊勢神宮の元宮として祭祀を続けること2千有余年、備前で最も古い社歴の神社だそうな。
 文禄元年(1593年)には豊臣秀吉の命を受けた宇喜多秀家が、征韓の役(文禄・慶長の役)の出陣に先立ち具足甲胄に身を固め、藩主以下総勢行列を整え、藩旗、弓、槍、鉄砲等を持って伊勢神社に戦勝祈願に詣でたらしい。そして寛永年間(1624年~1645年)から明治維新に至るまで、備前藩寺社領としては最高の300石を賜っていたという。そんな由緒ある立派な神社がこんな町中に人知れずひっそり建っていようとは (゚Д゚)

 京都の東寺(教王護国寺)からスタートし、主に地元岡山の寺社を巡っての御朱印集めも今回でやっと50枚目。県内だけでも未訪問の寺社がまだまだ数多くあるというのに、国内だと一体あと何万、何十万の寺社があるのだろう…。残りの人生でどれだけ参拝できるのかしらん。 御朱印集め(寺社巡り)が楽しすぎて、ついにはこの秋から某大学の通信生となり本格的に仏教を学ぶことにした。目指すは第二の寂聴さんだ!
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 No.50 伊勢神社 「伊勢神社 2015-07-10(Fri)

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by yan-puchi | 2015-10-17 02:04 | 岡山県・神社 | Comments(0)
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 瑞雲寺  日蓮宗  
 山号:黄門山  本尊:日蓮聖人像
 創建:暦応年中(1338年~1341年) 能瀬太郎左衛門頼仲
 所在地:岡山県岡山市北区番町2丁目6-22
 今から7年前の2008年秋、司馬遼太郎さんの「関ヶ原」を読み終えて深い感動に包まれた私は、余韻に浸りながらこの寺を訪れた。ここには天下分け目の関ヶ原の戦いで西軍を裏切った、金吾中納言小早川秀秋の亡骸が眠っているのだ。 
 西軍の主力であった備前宰相・宇喜多秀家が八丈島へ配流となり、新たに岡山城主となったのが小早川秀秋であった。彼の裏切りによって大谷吉継隊は壊滅し、吉継は自刃することとなったのだが、自刃の際にこう言い放ったともいう。
 「金吾め!人面獣心なり。三年の内に祟りをなさん!」
 そのせいか関ヶ原の戦いからわずか2年後、精神を病んで(酒色(アルコール依存症)による内蔵疾患との説あり)21歳の若さで他界。 奇しくも吉継の言葉通りとなってしまった。
 そんな秀秋の菩提寺であるこのお寺、元々は満願山成就寺と呼んでいたが、秀秋を葬ってからは彼の法号
“瑞雲院殿前黄門秀厳日詮大居士” にちなみ黄門山瑞雲寺と改称したそうな。
 堂内中央には日蓮聖人が祀られており、向かって右側が秀秋の廟所、そして左側にはなぜか加藤清正が祀られていた。なんでも秀秋と清正が親密だったからなのだとか。
 そして7年ぶりとなる今回は御朱印をいただくためだけに伺ったのだが、あいにく御住職は不在だった。しかし応対していただいた奥様が書置きの御朱印に日付を入れて手渡してくださった。有難や~。
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 No.49 黄門山 瑞雲寺 「南無妙法蓮華経 2015-07-05(Sun)
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by yan-puchi | 2015-10-10 03:09 | 岡山県・寺院 | Comments(0)