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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 円福寺  高野山真言宗  
 山号:福田山  本尊:釈迦如来
 創建:不詳  
 札所:備前薬師霊場 第4番
 所在地:岡山県岡山市東区百枝月1350 
 今春、京都の東寺(教王護国寺)から御朱印集めをスタートし、この8ヶ月でおよそ60枚もの御朱印をいただいた。とはいってもそのほとんどが近場ばかりで、県北や県西へは足を運ぶ余裕がなかった。2016年は遠くの寺社(といっても県内)を巡ってみようと思う。
 さて、今年最後に参拝したのもやはり市内のお寺で、岡山市東区百枝月にある備前薬師八ヶ所霊場の第4番札所・円福寺だ。岡山で生まれ育ったにもかかわらず、地名が読めないのだが…どうやら“ももえづき”と読むらしい。長閑な田園風景が広がる地に、円福寺はこじんまりと建っていた。
 んー、今回は特に書くことがない…(^^; 皆様、どうぞよいお年を。 
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 No.60 福田山 円福寺 「釈迦如来 2015-12-12(Sat)

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by yan-puchi | 2015-12-31 03:19 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 龍泉寺  日蓮宗最上教総本山 
 山号:最上本山  本尊:最上位経王大菩薩、八大龍王、鬼子母神、三面大黒天
 創建:天平勝宝年間(749年 - 757年)  開基:報恩大師
 所在地:岡山県岡山市北区下足守900
 龍泉寺HP: http://www.ryusenji.jpn.org/
 龍王山の西の中腹にある龍泉寺は最上本山 御瀧 龍泉寺といい、日蓮宗最上教の総本山であるらしい。その日蓮宗最上教とはどういう宗派なのかというと、日蓮教学を基本とし、最上経王大菩薩を信奉する教団だそうな。最上経王大菩薩というのは最上様・お稲荷さんのことなので、つまりは日本三大稲荷の一つと地元周辺で言われているらしい最上稲荷と八大龍王(水の神様。敷地内にある龍王池が御神体)が渾然一体となった民間信仰の霊場で、神仏混合のお寺なのである。当の最上稲荷(妙教寺)は一時日蓮宗から独立して最上稲荷教総本山となっていたものの、平成21年(2009年)日蓮宗に復帰したのだけれど。
 創建したのはまたしても報恩大師だそうだが(備前48ヶ寺開基とされる)、報恩さんはどうやらこの地で山岳修行して修験道を極めたらしい。この坊さんは一体何者なんだ!?
 最上本山 御瀧 龍泉寺の名が示すとおり、境内には “龍王の滝” と呼ばれる滝があり、一年中誰でも滝行が出来るのだとか。夏場もいいけど、冬にもぜひ滝に打たれてみてね♪というようなことが書かれた貼紙が何枚か貼られていて少し興味を持ったが、体力に自信のない方はご遠慮くださいとあるのでやめておこう。
 寺務所で御朱印をお願いすると、運よく御住職らしき方(宮司の格好をされていたような)がいらして、話を伺うことができた。どの寺社でも言われることだが、最近は御朱印を求める方が本当に多いらしい。自分(御住職)がいる時は書かせていただくけれども、いない時も多々あり、そういう時は書置きのものになってしまうのだが、書置きを嫌がる方も中にはいらして…とのこと。確かに書置きだとテンションが下がっちゃうよね(^^; 
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  No.59 最上本山 御瀧 龍泉寺 「南無妙法蓮華経 2015-12-06(Sun)
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by yan-puchi | 2015-12-16 12:30 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 國清寺  臨済宗妙心寺派  
 山号:萬歳山  本尊:釈迦牟尼佛
 創建:慶長14年(1609年)  開基:池田利隆
 所在地:岡山県岡山市中区小橋町2-4-28 
 國清寺を初めて訪れたのは初夏の頃だった。あいにく御住職が不在とのことで御朱印はいただけなかったが、禅寺特有の凛とした空気が心地よかった。暫くして再度訪問してみるも、やはり御住職不在ですごすごと退散した。懲りずに三度目の正直を期待して訪問したところ、念願かなってようやく御朱印をいただくことができた。嗚呼、秋の庭もこれまた美しい…。
 小早川秀秋が無嗣子断絶により改易された後に岡山藩主となったのは、姫路城主・池田輝政の次男(だか五男だかよく知らないけど)で僅か5歳の池田忠継。そのため岡山城に入って藩政を代行することとなったのが、輝政の嫡子で、忠継の異母兄である池田利隆。その利隆が慶長14年(1609年)に建立した当初は法源寺といったらしい。その後、元和元年(1615年)に忠継が若くして亡くなり、後を継いだ弟の池田忠雄がここを兄の菩提寺とし龍峰寺と改称。でもって寛永9年(1632年)に利隆の嫡子で鳥取城主だった池田光政が国替えにより岡山藩主となり、祖父・輝政の法名である國清寺殿から國清寺と改称し、輝政&利隆の菩提寺としたそうな。
 お寺は岡山市中心部にあるのだが、車通りの多い橋(新京橋)の下というか脇というかの目立たない道沿いにあるので、普段橋を通っている多くの岡山市民が “ああ、何か寺があるな” ぐらいにしか思ってないはず。かなり素敵なお寺なのに、実に勿体無い。とはいえそのおかげであの静かな空間が保てるのだろうけど。
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 No.58 萬歳山 國清寺 「南無釋迦牟尼佛 2015-11-29(Sun)

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by yan-puchi | 2015-12-15 19:42 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 安住院  真言宗善通寺派  
 山号:瓶井山  本尊:千手千眼観世音菩薩
 創建:天平勝宝年間(749年 - 747年)  開基:報恩大師
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第12番、岡山八十八箇所霊場 第5番(大師堂)
 所在地:岡山県岡山市中区国富3-1-29
 安住院HP: http://www.anjuin.com/

 瀬戸内三十三観音霊場の中で、岡山の中心市街地に最も近いところに建っているのが、第12番札所である安住院だ。正式には瓶井山禅光寺安住院(みかいさんぜんこうじあんじゅういん)というらしい。山号の由来は、境内の山腹に「瓶井」(みかい)と呼ばれる泉が湧いていることからだとか。天平勝宝年間(749年 - 747年)に岡山寺社巡りではすっかり御馴染みの報恩大師が禅光寺を創建したそうで、安住院は禅光寺の本坊だそうな。 
 出迎えてくれたピンクの仁王門は康正2年(1456年)に建造され、総朱塗りで「瓶井の赤門」と呼ばれるらしいが、間近で見るとやはり結構な痛み具合で…。県内最古の木造建造物である仁王門の横を車で通り過ぎると、左手に安住院があった。住宅地にありながら、思っていたより広大で立派なお寺だ。
 第9番札所である備前・光明寺の竜宮門より若干ダイナミックな鐘楼門をくぐり抜け、慶長6年(1601年)に岡山城主・小早川秀秋によって築造された本堂へ。元は山腹にあったらしいが、江戸時代後期の寛政12年(1800年)に現在の地に移築したらしい。関ヶ原では裏切り者扱いされた小早川さんだが、八丈島へ流された宇喜多秀家の後釜として備前岡山藩主となってからは、そこそこいい仕事をしているように思う。すぐに亡くなっちゃったけど。
 小早川さん亡き後の岡山藩主・池田家の庇護の元、江戸時代には本坊安住院のほか普門院・中蔵院・堯王院・蓮華院・理證院・法明院・閑安院・歓喜院・万徳院・伝経院・金蔵院・明寿院などの塔頭が存在したが、現在は安住院のほか、普門院・中蔵院(名称だけ)を残すのみだそうな。
 山を少し上がると、後楽園の借景として建立されたという多宝塔もあるのだが、気力も体力もなかったので今回は寄らなかった。また、墓地には『阿房列車』シリーズや『百鬼園随筆』等で知られる作家・内田百閒のお墓もあるそうな。
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 No.57 瓶井山 禅光寺安住院 「千手観音 2015-11-29(Sun)

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by yan-puchi | 2015-12-14 04:02 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 沖田神社  旧県社
 祭神:天照大御神、素戔嗚尊、軻遇槌命、倉稲魂命、句句廼智命、おきた姫
 創建:元禄7年(1694年)  
 所在地:岡山県岡山市中区沖元411
 沖田神社HP: http://www.okita-shine.com/
 小学2、3年生の頃に遠足で沖田神社へ行ったのだが、この神社の由来を聞き、子供だった私は怖くて仕方がなかった。あれから約40年が経ち、怖さも薄れたので再び訪れてみることにした。
 久々に行ってみてビックリ!何だかやけに立派…というか仰々しくなってる!
 沖田神社は、備前藩主・池田綱政の時代に、新しく開拓された沖新田の産土神として建立されたそうで、その沖新田の開墾は、岡山藩の藩政確立に大きな役割を果たした津田永忠が、綱政の命を受けて元禄5年(1692年)に着工したらしい。
 沖新田の干拓も完成間近、いよいよ最後の潮止め工事となった時、何度やっても翌日になると崩れるという繰り返しで、人々は「龍神さまのたたりじゃ。お怒りを治めるには人柱をたてにゃおえんぞ」と信じ込むようになっていたそうな。永忠らが大変悩んでいると、永忠の屋敷で奉公していた『キタ』という娘が自らすすんで人柱にたつと申し出て、人々が見守る中、潮止め工事の海辺から海中に身を投じたという。すると不思議に潮流が静まり、潮止め工事は完成したのだとか。その、おキタさんを祀っているから沖田神社なのだ――と。
 「ノストラダムスの大予言」を知り、あまりの恐怖に泣いてしまったくらい幼気な少女だった当時の私。人柱と聞いただけでもう怖くて怖くて…((((;゚Д゚))))
 40年ぶりに訪れてみると、いつの間にやら拝殿が建替えられていて立派になっていた(どうやら社殿の老朽化が進み、御鎮座300年の節目の機会に建替えたらしい。平成23年(2011年)秋に竣工)。その拝殿の前には、何と津田永忠&おキタさん(おきた姫)の顔ハメ看板が!
 境内には道通宮というお宮もあるのだが、こちらは天正10年(1582年)6月4日、備中高松城(秀吉の水攻めで有名)城主・清水宗治の次男が落城の際に逃走を試み、かねてより信仰していた道通宮に祈願したところ、一匹の白蛇に守り導かれて無事に逃れることが出来たという。その後、寛政12年(1800年)にお宮は沖田神社の境内に移され、沖田神社の御末社に加えられたらしい。
 社務所で御朱印を書いていただいている間、ふと目に留まった御朱印帳を新たに購入。御朱印帳を購入すると最初のページに御朱印を書いてくださるそうで、結局御朱印を2枚も書いていただくことに。更には招き猫が描かれた開運招福袋(御朱印帳袋)まで付けてくださった。実にサービスのよい神社であった。
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 御朱印帳は1,200円也(御朱印代込みなのかな)。おまけに御朱印帳袋付き♪
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 No.56 沖田神社・道通宮 「沖田神社 道通宮 2015-11-22(Sun)

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by yan-puchi | 2015-12-10 02:03 | 岡山県・神社 | Comments(0)
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 明王寺  天台宗  
 山号:馬路山  本尊:毘沙門天
 創建:天平勝宝年間(749年 - 756年)  開基:報恩大師
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第11番
 所在地:岡山県岡山市東区竹原185

 瀬戸内三十三観音霊場 第11番札所・明王寺。明王寺といいながら御本尊は毘沙門天である、観音霊場だというのに。でも安心してください、はいてますよ…じゃなかった、ちゃんと観音様も祀ってありますよ。ここの聖観音立像は藤原時代初期(平安時代前期)の作らしく、国の重要文化財に指定されているそうな。 
 元々東区出身(とはいっても当時はまだ区分けされてなかったけど)なのでお寺の看板はよく目にしていたものの、訪れるのは今回が初めて。へぇ、こんなお寺だったのかぁ。
 御住職さんは不在だったため、奥様らしき方に書置きの御朱印をいただいてすごすごと退散した。

(↓写真 上が本堂、下が観音堂)
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 No.55 馬路山 明王寺 「大聖殿 2015-11-22(Sun)

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by yan-puchi | 2015-12-09 23:32 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 実相院 (福生寺)  高野山真言宗  
 山号:大滝山  本尊:薬師如来
 所在地:岡山県備前市大内983
 実相院瀬戸内三十三観音霊場 第10番札所・福生寺の御朱印をいただきながら、「実相院さんの御朱印もあるのですか?」と御住職さんに尋ねてみたところ、快く書いてくださった。有難や~(^^) 
 もしや他の子院でもいただけるのでは!? と欲を出して福寿院にお邪魔するも、「御朱印は実相院さんで」とあっさり断られてしまった。
 ということは西法院も無理だろうなぁ、と諦めて大滝山を後にしたのだが、そういえば西法院は山陽花の寺二十四か寺 第14番札所なので、おそらく御朱印をいただけたはず。嗚呼、先に西法院に行っておけば…。
 福生寺は奈良時代創建の寺伝をもつ山陽地方でも有数の古寺だそうで、京都から離れているものの足利将軍家の信仰が厚かったらしく、平安時代中期の万寿元年(1024年)に大火により焼亡したものの、足利尊氏の発願により観応年間(1350年 - 1352年)に再興され(その後またもや焼亡したそうだが)、仁王門は3代将軍・足利義満によって応永4年(1398年)に、三重塔は6代将軍・足利義教の命によって嘉吉元年(1441年)に建立されたのだとか。
 かつて僧院は33房を数えたそうだが、明治初期には13房に、現在は3つの子院を残すのみである。
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 No.54 大滝山 実相院 「薬師如来 2015-11-05(Thu)

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by yan-puchi | 2015-12-07 03:01 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 福生寺  高野山真言宗  
 山号:大滝山  本尊:十一面千手観音
 創建:天平勝宝6年(754年)  開基:鑑真
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第10番
 所在地:岡山県備前市大内999
 瀬戸内三十三観音霊場 第10番札所・福生寺はWikiさんによると、天平勝宝6年(754年)鑑真により創建され、その後岡山お寺巡りではすっかりお馴染みの報恩大師が備前48か寺を整備した際にその一つとなったとある。でもって現在、大滝山福生寺は宗教法人格を有せず、寺は実相院西法院福寿院の3つの子院によって維持管理されているとのこと。おおよその位置をネットで確認してから、いざ備前市へ! 
 目的地へはすんなりと辿り着けたのだが、肝心の福生寺がどこにあるのか分からず、車で現地をうろうろ。確かに福生寺という看板があって立派なお寺もあるのだが、西法院だったり福寿院だったり。何度か行ったり来たりしているうちに、中央に地味にポツンと建っているお堂が目に入り、石段を上がってみるとどうやらこのお堂が福生寺らしく、御用の方は実相院へ行くように、と書かれてあった。“今年は”とあったので、年毎の持ち回りなのだろう。うーん、どうしてすぐに気付かなかったのかしらん…(´ヘ`;)
 ということで福生寺の御朱印をいただきに、今年の当番・実相院へ。このいきさつを御住職に話すと、福生寺が3つの子院によって維持管理されていることを丁寧に説明してくださった。ホントにおバカですみません(><)
 少し離れたところに見える三重塔は嘉吉元年(1441年)、室町幕府6代将軍・足利義教の命によって建立されたとかで国の重要文化財に指定されているそうなのだが、わざわざ行ってみる気力も体力もないので、遠くから眺めるに止めた。また機会があったら行ってみようっと。
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↑遠くに見える三重塔。肉眼だと結構はっきり見えたのだが…
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 No.53 大滝山 福生寺 「大悲殿 2015-11-05(Thu)

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by yan-puchi | 2015-12-07 00:22 | 岡山県・寺院 | Comments(0)