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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 河合神社  式内社(名神大社)
 祭神:玉依姫命
 創建:不詳  
 所在地:京都府京都市左京区下鴨泉川町59 
 下鴨神社(賀茂御祖神社)の境内にある第一摂社・河合神社にもフラリと寄ってみた。古くは鴨川合坐小社宅神社(かものかわあいにますおこそやけのかみのやしろ)といったらしい。『延喜式』(の9・10巻を延喜式神名帳といい、「官社」に指定されていた全国の神社一覧のこと)には鴨河合坐小社宅神社と掲載されており、鴨河合とは賀茂川と高野川が合流する地を表しているのだとか。

 鳥居を潜り、神門(っていうのかしらん!?)に到着すると、“女性守護 日本第一美麗神” と書かれてある。何のこっちゃ?と思ったが、どうやら祭神の玉依姫命は神武天皇の母上だそうで、日本の建国に母として貢献したことから婦道の神として、また玉の如くに美しい姿から美麗の神として信仰されているそうな。というわけで、この神社では柄鏡の形をしている顔の描かれた絵馬に、自分のメイク道具で願いを込めて化粧して奉納するらしい。47歳2児(二人ともとっくに成人)の母、残念ながら美に対して何の願いもないため、絵馬はスルー。

 “ゆく河の流れは絶ずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし…” という書き出しでお馴染みの「方丈記」の著者・鴨 長明は、この河合神社の神宮の家系に生まれたらしい。残念ながら方丈記にも然程興味がないため、方丈記を執筆した方丈の復元があったみたいだが、これまたスルー。そういえば学生時代の国語の授業って、何故か冒頭だけ覚えさせられたよね。平家物語、源氏物語、枕草子、方丈記、土佐日記、奥の細道、曽根崎心中(道行)などなど。まぁそのおかげで、こうして駄ブログに綴れているのだけれど…(^^;
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 No.125 河合神社 「河合大明神」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-05-03 01:23 | 京都府・神社 | Comments(0)
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 賀茂御祖神社 (下鴨神社)  名神大社、二十二社(上七社)、官幣大社、勅祭社、別表神社  世界遺産
 祭神:玉依姫命、賀茂建角身命
 創建:不詳 【崇神天皇7年(BC90年)神社の瑞垣が造営された】  
 所在地:京都府京都市左京区下鴨泉川町59
 下鴨神社HP: http://www.shimogamo-jinja.or.jp/

 上賀茂神社(賀茂別雷神社)同様、1994年に世界遺産として登録された「古都京都の文化財」の一つである賀茂御祖神社、通称・下鴨神社。祀られているのは上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命の母である玉依姫命と、玉依姫命の父である賀茂建角身命。よって賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)というそうな。
 下鴨神社の歴史は相当古く、公式HPによると “創祀の年代を特定することは出来ないが、『日本書紀』神武天皇2年(BC658年)2月の条に、当神社御祭神、賀茂建角身命を奉斎していた一系流「葛野主殿県主部」との氏族の名がみえる” 云々とある。神武天皇って実在したかも怪しい初代天皇で、BC658年って弥生時代だよ!? でもって “崇神天皇7年(BC90年)には社の瑞垣が造営され、垂仁天皇27年(BC2年)には御神宝が奉まつられている。また、緩靖天皇(BC580年)の御世より御生神事が行われたとの伝承があり…” 云々。神武、緩靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化、崇神、垂仁――って大学に入学して最初に歴代天皇を覚えさせられたけど(史学科卒)、垂仁天皇までは今でもちゃんと覚えてるんだよね。次の景行天皇でいつも詰まってしまう…どうでもいいけど。

 鳥居を潜ると表参道脇には糺(ただす)の森といわれる、東京ドームの約3倍の面積がある原生林が生茂り、川だか池だかもあって、とにかく広い。この広さを表すときによく引き合いに出される東京ドームなのだが、関東近辺の人しか広さの感じが掴めないよね。私も東京ドームなんて行ったことがないから、自分で書いてても全くピンとこないや(^^;

 下鴨神社は以前参拝したことがあるため、今回は軽く見て回ったのみ。日が傾きかけた頃だったので、写真もちょっと残念かしらん…。 
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 No.124 賀茂御祖神社 「山城国一之宮 賀茂御祖神社」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-05-02 21:14 | 京都府・神社 | Comments(0)
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 賀茂別雷神社 (上賀茂神社)  名神大社、二十二社(上七社)、官幣大社、勅祭社、別表神社  世界遺産
 祭神:賀茂別雷大神
 創建:天武天皇7年(678年)  
 所在地:京都府京都市北区上賀茂本山339
 上賀茂神社HP: http://www.kamigamojinja.jp/

 1994年に世界遺産として登録された、点在する17か所の寺社と城郭で構成される古都京都の文化財。そのうちの一つである賀茂別雷神社、通称・上賀茂神社は京都で最も古い社だそうで、手元のパンフレットによると、神代の昔に本殿の北北西にある秀峰・神山に(賀茂別雷命が)降臨し、天武天皇7年(678年)に現在の社殿の基が整えられたそうな。 
 『延喜式』では名神大社に列し、のち山城国一宮として尊崇され、二十二社(上七社)の一社であり、明治16年(1883年)に勅祭社と定められ、明治以降終戦まで官幣大社として伊勢神宮に次ぐ全国神社の筆頭に位し、現在は神社本庁の別表神社である。これらはいずれも社格(神社の格式)のことで、まぁとにかく偉い神社らしい。
 偉い神社であるからして、境内はとにかく広い。あちこちフラフラと見て回り、デカい破魔矢が目を引く建物(楼門だっけ?)を潜って御朱印をいただいていると、「国宝・本殿特別参拝とご神宝の拝観」と書かれた看板が目に入った。 
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e0342766_15593533.jpg 特別参拝を申し込み、初穂料500円を納めると、浄掛(左の写真)を渡されるので首に掛けて直会殿へ。そこで神職の方から祭神誕生神話「賀茂神話」の説明並びに御祓いをしていただき、国宝の権殿、本殿にて参拝。その後、高倉殿に展示してあるご神宝を拝観。「信長禁制」や「秀吉朱印状」等が展示されていた。
 そして最後に式年遷宮に伴う檜皮屋根葺替に奉賛を…ということで、檜の皮を奉納し、お守りをいただいた。神社のHPを見ると奉賛金の額によってランクがあるようで、どうやら私は“協賛員”という一番下のランクらしい。もうちょい奮発していれば“普通会員”になれたみたいだが、上賀茂神社に参拝するのはおそらく今回が最初で最後になるだろうから、まぁいっか。
 地元の皆様、しっかり奉賛してくださいまし(^^)
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 No.123 賀茂別雷神社 「山城国一之宮 賀茂別雷神社」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-04-28 06:06 | 京都府・神社 | Comments(0)
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 今宮神社  旧府社
 祭神:大己貴命、事代主命、奇稲田姫命
 創建:正暦5年(994年)  
 所在地:京都府京都市北区紫野今宮町21
 今宮神社HP: http://www.imamiyajinja.org/top/index.html

 大徳寺の広い山内を出て程近くの今宮神社へ。 
 どうやらここには平安建都(鳴くよウグイス平安京)より前から疫神を祀る社があったそうだが、平安京が栄える一方で度々疫病や災厄に悩まされ、これを鎮めるため神泉苑、御霊社、祗園社など各地で盛んに御霊会が営まれたらしい。正暦5年(994年)、ここの疫神を二基の神輿で船岡山に安置して悪疫退散を祈ったとかで、これが紫野御霊会であり、現在も続いているらしい今宮祭の起源なのだとか。そして長保3年(1001年)に疫神は船岡山から再びこの地に奉遷され、新たに設けられた神殿三宇ともども今宮社と名付けられたという。

 「玉の輿」の語源という説もある、西陣の八百屋に生まれながら徳川3代将軍・家光の側室となり、5代将軍・綱吉の生母でもある桂昌院(お玉)と所縁があることから良縁祈願の参拝も多いのだとか。今宮神社名物「あぶり餅」は玉のようなお餅を食べて、お玉さんのような御利益をあやかろうとしたという言い伝えがあるらしい。何とここのあぶり餅屋さんは平安時代頃からある、日本最古の和菓子屋さんだそうな。嗚呼、食べ損ねた~(T T)
 
 初めて見開きの御朱印をいただき、天然石のストラップお守りも購入。玉の輿お守にも惹かれたのだが、今のところ離婚の予定はないので購入は見送った次第。まぁ将軍にはなれないけど、我が家の男達もそれぞれ私にとってはかけがえのない存在なのであーる。
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 No.122 今宮神社 「むらさきの 今宮神社」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-04-16 00:38 | 京都府・神社 | Comments(0)
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 高桐院  臨済宗大徳寺派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:慶長6年(1601年)  開基:細川忠興  開山:玉甫紹琮
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町73-1 
 大徳寺の数ある塔頭のうち、常時拝観可能なのは龍源院、瑞峯院、大仙院、高桐院の4ヶ院らしい。未だにスマホと親しめない私は「まっぷる 超詳細!京都さんぽ地図 mini '16」という本に頼って京都の寺社を巡っているのだが、あいにくその本には瑞峯院が載っていなかったため見向きもせず、高桐院を大徳寺最後の拝観寺院とした。いや、決して昭文社(発行元)のせいではなく、ロクに下調べもせずに行き当たりばったりで向かった私が100%悪いのである。お詫びにまっぷるリンク、インストールしました。←関係なくね!? e0342766_02015904.jpg

 高桐院は細川幽斎の長男・忠興によって建立され、開祖・玉甫紹琮は幽斎の弟、つまり忠興の叔父さんであるらしい。
 細川幽斎・忠興親子は当代一流の文化人、教養人であった。幽斎は二条流の歌道伝承者・三条西実枝から古今伝授を受けており、関ヶ原の戦いの際に後陽成天皇が勅命により幽斎を助けたのも、古今伝授が途絶える事を恐れたためだといわれる。
 息子の忠興は茶人としても、利休七哲の一人に数えられるほど。忠興の嫁は名前のインパクトで誰もが知っていると思われる細川ガラシャ
ガラシャは明智光秀の娘なのだが、光秀が本能寺の変を起こした後、細川親子を味方に誘ったものの彼らはあっさり拒否。これが光秀の滅亡を決定的にしたのだとか…。
 光秀さん贔屓の私は、細川親子が如何に文武両道に秀でた素晴しい武将であろうとも、あまり好きにはなれないのであーる。

 表門を抜けると、洒落た石畳の参道が。嗚呼、なんと美しき哉。細川さんの美意識(かどうかは知らないが)は流石である。これは認めざるを得ない。庭園も実に見事であった。だが、肝心の建物については何故か全く覚えてないという…。
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 最後の最後に立寄ったのは、豊臣秀吉織田信長の菩提のために建立したという総見院。但し通常非公開のため、写真だけ撮って大徳寺を後にした。
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 No.121 大徳寺塔頭 高桐院 「高桐院」 2016-12-19(Mon) 


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# by yan-puchi | 2017-04-11 04:54 | 京都府・寺院 | Comments(0)