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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 高桐院  臨済宗大徳寺派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:慶長6年(1601年)  開基:細川忠興  開山:玉甫紹琮
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町73-1 
 大徳寺の数ある塔頭のうち、常時拝観可能なのは龍源院、瑞峯院、大仙院、高桐院の4ヶ院らしい。未だにスマホと親しめない私は「まっぷる 超詳細!京都さんぽ地図 mini '16」という本に頼って京都の寺社を巡っているのだが、あいにくその本には瑞峯院が載っていなかったため見向きもせず、高桐院を大徳寺最後の拝観寺院とした。いや、決して昭文社(発行元)のせいではなく、ロクに下調べもせずに行き当たりばったりで向かった私が100%悪いのである。お詫びにまっぷるリンク、インストールしました。←関係なくね!? e0342766_02015904.jpg

 高桐院は細川幽斎の長男・忠興によって建立され、開祖・玉甫紹琮は幽斎の弟、つまり忠興の叔父さんであるらしい。
 細川幽斎・忠興親子は当代一流の文化人、教養人であった。幽斎は二条流の歌道伝承者・三条西実枝から古今伝授を受けており、関ヶ原の戦いの際に後陽成天皇が勅命により幽斎を助けたのも、古今伝授が途絶える事を恐れたためだといわれる。
 息子の忠興は茶人としても、利休七哲の一人に数えられるほど。忠興の嫁は名前のインパクトで誰もが知っていると思われる細川ガラシャ
ガラシャは明智光秀の娘なのだが、光秀が本能寺の変を起こした後、細川親子を味方に誘ったものの彼らはあっさり拒否。これが光秀の滅亡を決定的にしたのだとか…。
 光秀さん贔屓の私は、細川親子が如何に文武両道に秀でた素晴しい武将であろうとも、あまり好きにはなれないのであーる。

 表門を抜けると、洒落た石畳の参道が。嗚呼、なんと美しき哉。細川さんの美意識(かどうかは知らないが)は流石である。これは認めざるを得ない。庭園も実に見事であった。だが、肝心の建物については何故か全く覚えてないという…。
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 最後の最後に立寄ったのは、豊臣秀吉織田信長の菩提のために建立したという総見院。但し通常非公開のため、写真だけ撮って大徳寺を後にした。
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 No.121 大徳寺塔頭 高桐院 「高桐院」 2016-12-19(Mon) 


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# by yan-puchi | 2017-04-11 04:54 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 聚光院  臨済宗大徳寺派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:永禄9年(1566年)  開基:三好義継  開山:笑嶺宗訢
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町58 
 大徳寺塔頭の一つ、聚光院が創建450年記念特別公開中だったのでフラリと寄ってみた。時間毎のグループ拝観ということで、予約時間までの隙間繋ぎに訪れたのが前回の大仙院であったため、せっかくの名刹なのにじっくり拝観する間がなかった。大仙院に申し訳ない…。その分、聚光院はガイドさん付で心ゆくまでゆったり拝観させていただいた。
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  聚光院は永禄9年(1566年)に三好義継が養父・三好長慶の菩提を弔うために創建したそうで、院号は三好長慶の法名「聚光院殿前匠作眠室進近大禅定門」から採られたものらしい。千利休が開祖・笑嶺和尚に参禅したことから、利休はここを菩提所とし、利休の流れを汲む茶道三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)歴代の墓所にもなっているのだとか。

 桃山時代に創建されたという本堂の障壁画46面は狩野永徳と父・松栄によって描かれており、全てが国宝指定だという。おお~ッ。何でも昭和54年(1979年)にルーブル美術館から『モナリザ』が来日した際、その返礼としてフランスで展示されたのが、この聚光院本堂の障壁画だったそうな。正直、あまり障壁画には興味がないのでうろ覚えだが、普段は高精度の複製なのだが(本物は京都国立博物館にある)、この時に展示されていたのは本物だったような気がする。いや、複製だったっけ…?まぁどちらにしろ見事な作品であった。個人的には永徳筆『琴棋書画図』が最も好みだった。

 狩野永徳が下絵を描き、千利休が整えたと伝わる方丈庭園「百積庭」、利休150回忌の寛保元年(1741年)に表千家7世・如心斎の寄進により建てられた茶室「閑穏席」、その70年後に建てられた茶室「桝床席」…。「閑穏席」は、かつては千利休自刃の席として伝えられていたそうだが(どうやら違うらしい)、息が詰まるような緊張感をひしひしと肌で感じる三畳の茶室であった。この茶室の漲る緊張感を体感できたのが今回一番の収穫だ。
 そして最後に見て回った書院は平成25年(2013年)秋に落慶したそうで、そこに納められていたのは、千住 博画伯によるド迫力の襖絵『滝』。構想から完成まで16年の歳月を費やしたという。鮮やかな群青から真っ白な滝が浮かび上がる姿は壮観で、息を呑む美しさである。但し和室に合うかは別問題ということで(^^;
(↓写真は創建450年記念特別公開パンフレットより) 
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  そういえば昔、SHARPのCMで千住画伯の滝の絵が使われていたような…。
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 No.120 大徳寺塔頭 聚光院 「本師釈迦如来」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-04-10 18:56 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 大仙院  臨済宗大徳寺派北派  
 山号:なし  本尊:釈迦牟尼仏
 創建:永正6年(1509年)  開基:古岳宗亘
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町54-1
 大仙院HP: http://www.b-model.net/daisen-in/ 
 大仙院は、永正6年(1509年)に大徳寺76世住職・大聖国師(古岳宗亘)によって創建され、大徳寺四派の一つ、北派本庵として栄えた寺院であるらしい。前回の龍源院は南派だったよね、たしか。
 この大徳寺四派、北派・南派・真珠派・龍泉派とあり、北派の本庵は古岳宗亘が開いた大仙院。南派の本庵は東渓宗牧が開いた龍源院。そして真珠派の本庵は一休さんこと一休宗純が開いた真珠庵。残る龍泉派は陽峰宗韶が開いた龍泉庵。そういえば妙心寺も妙心寺四派(龍泉派・東海派・霊雲派・聖澤派)なんていうのがあったっけ。どちらも塔頭が多い(大徳寺24院、妙心寺46院)からねえ。

 こちらの枯山水庭園は国の史跡及び特別名勝という立派な室町庭園なのであるが、次に訪問する寺院の拝観予約時間が迫っていたため、今回は観ずじまい。また次の機会にじっくり鑑賞させていただこう。
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 No.119 大徳寺塔頭 大仙院 「拈華殿」 2016-12-19(Mon)

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# by yan-puchi | 2017-03-28 02:53 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 龍源院  臨済宗大徳寺派南派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:文亀2年(1502年)  開基:畠山義元、大友義長、大内義興  開山:東渓宗牧
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町82-1 
 大徳寺の南門を入ってすぐ左にある塔頭寺院・黄梅院は、永禄5年(1562年)に織田信長が父・信秀の追善供養のために春林宗俶(大徳寺98世)を迎えて創建されたそうだが、残念ながら通常は非公開。院内には毛利家、織田家の墓所のほか、小早川隆景蒲生氏郷などの墓塔があるという。
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(大徳寺・南門と黄梅院)

 黄梅院の隣に建つ龍源院は常時公開されている大徳寺の塔頭で、大徳寺南派の法源地本院とやららしく、方丈、唐門、表門は創建当時のままであり、大徳寺山内で最も古いお寺だそうな。 寺号の龍源院というのは、大徳寺の山号・龍宝山の「龍」と、臨済宗で唯一存続している松源一脈の「源」の2文字からなのだとか。 

 龍源院は、方丈を中心として南庭に蓬莱山形式の石庭・一枝坦、北庭に須弥山形式の枯山水庭園・竜吟庭、東に日本最小の壺石庭・東滴壺、開祖堂前庭・鶏足山、庫裏南軒先に阿吽の石庭・滹沱底といった庭園が見所らしい。
 滹沱底(こだてい)。阿吽(あうん)二つの石は聚楽第にあった基礎石だそうな。……。以前、かの有名な龍安寺の石庭を見たときも特に何も感じなかったのだが、果たして禅の心を会得出来る日は来るのかしらん?
とりあえず写真を撮った直後、あろうことか庭にスマホを落としてしまった (゚Д゚;) アワワワワ
せっかく綺麗に整えられている庭に…。お寺の方に拾っていただき、ひたすら詫びました。本当に申し訳ありませんでした。(白砂に残ったスマホの窪みも、ちゃんと直してくださいました。大変御手数をお掛けしました)
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(左が滹沱底、右は東滴壺。汝が長く深淵を覗き込む時、深淵もまた等しく汝を覗き込んでいる――)
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 No.118 大徳寺塔頭 龍源院 「大圓殿」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-02-03 02:50 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 大徳寺  臨済宗大徳寺派大本山  
 山号:龍宝山  本尊:釈迦如来
 創建:正和4年(1315年)  開基:宗峰妙超(大燈国師)
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町53
 臨黄ネット 大徳寺: http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/
 今更ながら2017年も何卒宜しくお願い申し上げます m(_ _)m

 昨年末、3日間の休みを取って10ヶ月ぶりに京都へ行ってきた。内2日間は大学でスクーリングを受け、最後の一日だけのんびり御朱印巡りを楽しんだ♪
 先頃話題になったアパホテルに2泊し、チェックアウトを済ませてまず向かったのは、学校近くにあった臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺妙心寺の46院とまではいかないが、こちらも24院もの塔頭を有する大寺院である。
 大徳寺は正和4年(1315年)に宗峰妙超(大燈国師)によって創建されたが、応仁の乱で荒廃、それを「あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ」の一休さんこと一休宗純によって復興したそうな。

 大徳寺最古の建造物の一つである三門は、一休さんの参徒で連歌師・宗長の寄進により一階を創建。その60年後に千利休によって二階が設けられて「金毛閣」と名付けられたものの、楼上に利休の木像を安置したことが豊臣秀吉の逆鱗に触れてしまい、利休切腹の一因となったという。
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 Wikiさんによると、“侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっている” とのことで、学生時代に茶の湯を学んだ身としては、何だか懐かしい方達と久々に会えたような気分であった。

 重要文化財の金毛閣や国宝の唐門、方丈などは全て通常非公開のため、横目で眺めながら道を歩いていくと、宗務本所の看板を掲げた立派な建物が。御朱印をどこでいただけばよいのか尋ねようとインターホンを鳴らしたところ、書置きでよろしければこちらでお渡ししますとのこと。ということでとりあえず門は潜ったものの、庫裏が立派すぎて勝手に開けて入ってよいものなのかと暫し外でウロウロしていたら中から開けてくださり、無事御朱印をいただくことが出来た。
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 No.117 龍宝山 大徳寺 「本朝無双禅苑」 2016-12-19(Mon)

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# by yan-puchi | 2017-02-01 23:35 | 京都府・寺院 | Comments(0)