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御朱印集め 始めました

yanpuchi77.exblog.jp

主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 龍源院  臨済宗大徳寺派南派  
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:文亀2年(1502年)  開基:畠山義元、大友義長、大内義興  開山:東渓宗牧
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町82-1 
 大徳寺の南門を入ってすぐ左にある塔頭寺院・黄梅院は、永禄5年(1562年)に織田信長が父・信秀の追善供養のために春林宗俶(大徳寺98世)を迎えて創建されたそうだが、残念ながら通常は非公開。院内には毛利家、織田家の墓所のほか、小早川隆景蒲生氏郷などの墓塔があるという。
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(大徳寺・南門と黄梅院)

 黄梅院の隣に建つ龍源院は常時公開されている大徳寺の塔頭で、大徳寺南派の法源地本院とやららしく、方丈、唐門、表門は創建当時のままであり、大徳寺山内で最も古いお寺だそうな。 寺号の龍源院というのは、大徳寺の山号・龍宝山の「龍」と、臨済宗で唯一存続している松源一脈の「源」の2文字からなのだとか。 

 龍源院は、方丈を中心として南庭に蓬莱山形式の石庭・一枝坦、北庭に須弥山形式の枯山水庭園・竜吟庭、東に日本最小の壺石庭・東滴壺、開祖堂前庭・鶏足山、庫裏南軒先に阿吽の石庭・滹沱底といった庭園が見所らしい。
 滹沱底(こだてい)。阿吽(あうん)二つの石は聚楽第にあった基礎石だそうな。……。以前、かの有名な龍安寺の石庭を見たときも特に何も感じなかったのだが、果たして禅の心を会得出来る日は来るのかしらん?
とりあえず写真を撮った直後、あろうことか庭にスマホを落としてしまった (゚Д゚;) アワワワワ
せっかく綺麗に整えられている庭に…。お寺の方に拾っていただき、ひたすら詫びました。本当に申し訳ありませんでした。(白砂に残ったスマホの窪みも、ちゃんと直してくださいました。大変御手数をお掛けしました)
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(左が滹沱底、右は東滴壺。汝が長く深淵を覗き込む時、深淵もまた等しく汝を覗き込んでいる――)
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 No.118 大徳寺塔頭 龍源院 「大圓殿」 2016-12-19(Mon)


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# by yan-puchi | 2017-02-03 02:50 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 大徳寺  臨済宗大徳寺派大本山  
 山号:龍宝山  本尊:釈迦如来
 創建:正和4年(1315年)  開基:宗峰妙超(大燈国師)
 所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町53
 臨黄ネット 大徳寺: http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/
 今更ながら2017年も何卒宜しくお願い申し上げます m(_ _)m

 昨年末、3日間の休みを取って10ヶ月ぶりに京都へ行ってきた。内2日間は大学でスクーリングを受け、最後の一日だけのんびり御朱印巡りを楽しんだ♪
 先頃話題になったアパホテルに2泊し、チェックアウトを済ませてまず向かったのは、学校近くにあった臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺妙心寺の46院とまではいかないが、こちらも24院もの塔頭を有する大寺院である。
 大徳寺は正和4年(1315年)に宗峰妙超(大燈国師)によって創建されたが、応仁の乱で荒廃、それを「あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ」の一休さんこと一休宗純によって復興したそうな。

 大徳寺最古の建造物の一つである三門は、一休さんの参徒で連歌師・宗長の寄進により一階を創建。その60年後に千利休によって二階が設けられて「金毛閣」と名付けられたものの、楼上に利休の木像を安置したことが豊臣秀吉の逆鱗に触れてしまい、利休切腹の一因となったという。
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 Wikiさんによると、“侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっている” とのことで、学生時代に茶の湯を学んだ身としては、何だか懐かしい方達と久々に会えたような気分であった。

 重要文化財の金毛閣や国宝の唐門、方丈などは全て通常非公開のため、横目で眺めながら道を歩いていくと、宗務本所の看板を掲げた立派な建物が。御朱印をどこでいただけばよいのか尋ねようとインターホンを鳴らしたところ、書置きでよろしければこちらでお渡ししますとのこと。ということでとりあえず門は潜ったものの、庫裏が立派すぎて勝手に開けて入ってよいものなのかと暫し外でウロウロしていたら中から開けてくださり、無事御朱印をいただくことが出来た。
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 No.117 龍宝山 大徳寺 「本朝無双禅苑」 2016-12-19(Mon)

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# by yan-puchi | 2017-02-01 23:35 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 薬師院  真言宗善通寺派  
 山号:瑠璃山  本尊:薬師如来
 創建:寛和年間(985年-987年)  開基:花山法皇
 札所:中国薬師霊場 第2番
 所在地:岡山県高梁市上谷町4100

 現存天守を持つ山城としては最も高い所にあるという備中松山城の城下町・高梁市。先日ご紹介した頼久寺もそうだし、今回取り上げる瑠璃山 泰立寺 薬師院もそうなのだが、高梁のお寺はどこも石垣がスゴいのであーる。いや、お寺だけではない。江戸時代後期に小泉銅山とローハ製造で巨大な財を成した広兼さん家の大邸宅・広兼邸も随分と立派な石垣があったっけ。
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 この何だか立派すぎておどろおどろしい広兼邸で映画版「八つ墓村」のロケは行われたそうだが、ここ薬師院も「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」のロケ地らしい。御朱印を書いていただいている間に、“寅さんの撮影風景”と題されたファイルの写真をパラパラと見せていただいたが…すみません、全く興味ないです…m(_ _)m 
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 上2枚が広兼邸、下が薬師院だか隣の松連寺だかの写真なのだが、お城みたいな石垣でしょ。
(下のお寺の写真の方が何だか八つ墓村っぽいけど)
 いただいた御朱印に書かれている「醫王善逝」というのは、どうやら薬師如来のことらしい。薬師さんはいろんな呼び名があるみたいね。
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No.116 瑠璃山 泰立寺 薬師院 「醫王善逝」 2016-11-2(Wed)

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# by yan-puchi | 2016-11-22 03:36 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 備中高梁 稲荷神社  
 祭神:稚産霊神、豊受姫神、倉稲大神
 創建:寛弘元年(1004年)  
 所在地:岡山県高梁市落合町近似117
 高梁 稲荷神社 宮司さんのBLOG: http://ameblo.jp/uccyida528197/
 成羽から高梁市市街地へ戻る途中で見つけた稲荷神社にふらりと寄ってみた。
 なんでも平安時代に花山上皇が備中国に滞在された際、この地に京都の伏見稲荷大社の御霊を勧進されたのが高梁稲荷神社の始まりらしい。戦国時代から歴代備中松山城主の崇敬が厚く、社殿の造営や寄進などが行われてきたそうな。
 宮司さんは不在だったが書置きの御朱印があったので、有難く1枚いただき、御朱印代を置いておいた。ついでに2016年版の「まいられぇ岡山 神社仏閣を巡る」ガイドブック(岡山県内の神社仏閣56社寺が掲載されている、山陽新聞社が毎年発行している無料のガイドブック。内容は毎年同じだけど…)も1冊頂戴してきた。
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 No.115 高梁 稲荷神社 「備中高梁 稲荷神社」 2016-11-2(Wed)

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# by yan-puchi | 2016-11-14 04:37 | 岡山県・神社 | Comments(0)
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 龍泉寺  真言宗善通寺派  
 山号:栖隆山  本尊:聖観世音菩薩
 創建:天平4年(730年)  開基:行基
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第14番
 所在地:岡山県高梁市成羽町下原370

 瀬戸内三十三観音霊場 第14番札所・龍泉寺は高梁市成羽町にある真言宗善通寺派の寺院で、以前御紹介した岡山市北区下足守にある日蓮宗最上教の総本山・龍泉寺 (No.59)と同じ寺号で紛らわしいため、タイトルに(成羽町)と入れた次第であーる…どうでもいいけど。 
 この成羽の龍泉寺は天平4年(730年)に行基が開創したそうで、本尊の聖観世音菩薩は大同年間(806年 - 810年)に弘法大師が巡錫の時、彫刻安置したものなのだとか。

 尼子家再興のため「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったというドMな…もとい、智勇・忠義に優れた立派な武将として知られる山中鹿之介こと山中幸盛 終焉の地である阿井の渡しを通り過ぎ、国道313号をひた走って成羽町に入ると、道路沿いに鳥居があるのでそこを曲がる。うーん、道が狭い。この日はたまたま代車のeKワゴンで来ていたので助かったが。暫し進むと龍泉寺への車道があるのだが、これがまたエラく急な坂だったりする (゚Д゚;) 対向車が来ないことを真剣に祈りつつ急勾配の坂を上ると、いきなり龍泉寺の境内に辿り着いてしまった。
e0342766_02150487.jpg 山門前の石柱には「棲隆山 龍泉寺」とある。正式な山号はこっちなのかな。
 手前の木の枝が邪魔で左の写真だと見えにくいが、何故かデカいスピーカーが山門に取り付けられていた。一体何のために…?
 元亨4年(1324年)に建てられたという方柱碑や、灯篭が印象的な本堂などをぼ~っと眺めていると、奥様らしき方が声を掛けてくださったので御朱印をお願いしたところ、快く応じていただけた。
 境内の駐車場に何やらボタンがあり、帰る前には必ず押すようにと書かれてある。これを押すと坂の下に設置されているパトランプが光るようになっているらしい。
対向車に怯えることなく龍泉寺を後にしたのであった。
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 No.114 栖隆山 龍泉寺 「聖観音」 2016-11-2(Wed)
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# by yan-puchi | 2016-11-14 03:05 | 岡山県・寺院 | Comments(0)