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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 薬師院  真言宗善通寺派  
 山号:瑠璃山  本尊:薬師如来
 創建:寛和年間(985年-987年)  開基:花山法皇
 札所:中国薬師霊場 第2番
 所在地:岡山県高梁市上谷町4100

 現存天守を持つ山城としては最も高い所にあるという備中松山城の城下町・高梁市。先日ご紹介した頼久寺もそうだし、今回取り上げる瑠璃山 泰立寺 薬師院もそうなのだが、高梁のお寺はどこも石垣がスゴいのであーる。いや、お寺だけではない。江戸時代後期に小泉銅山とローハ製造で巨大な財を成した広兼さん家の大邸宅・広兼邸も随分と立派な石垣があったっけ。
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 この何だか立派すぎておどろおどろしい広兼邸で映画版「八つ墓村」のロケは行われたそうだが、ここ薬師院も「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」のロケ地らしい。御朱印を書いていただいている間に、“寅さんの撮影風景”と題されたファイルの写真をパラパラと見せていただいたが…すみません、全く興味ないです…m(_ _)m 
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 上2枚が広兼邸、下が薬師院だか隣の松連寺だかの写真なのだが、お城みたいな石垣でしょ。
(下のお寺の写真の方が何だか八つ墓村っぽいけど)
 いただいた御朱印に書かれている「醫王善逝」というのは、どうやら薬師如来のことらしい。薬師さんはいろんな呼び名があるみたいね。
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No.116 瑠璃山 泰立寺 薬師院 「醫王善逝」 2016-11-2(Wed)

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# by yan-puchi | 2016-11-22 03:36 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 備中高梁 稲荷神社  
 祭神:稚産霊神、豊受姫神、倉稲大神
 創建:寛弘元年(1004年)  
 所在地:岡山県高梁市落合町近似117
 高梁 稲荷神社 宮司さんのBLOG: http://ameblo.jp/uccyida528197/
 成羽から高梁市市街地へ戻る途中で見つけた稲荷神社にふらりと寄ってみた。
 なんでも平安時代に花山上皇が備中国に滞在された際、この地に京都の伏見稲荷大社の御霊を勧進されたのが高梁稲荷神社の始まりらしい。戦国時代から歴代備中松山城主の崇敬が厚く、社殿の造営や寄進などが行われてきたそうな。
 宮司さんは不在だったが書置きの御朱印があったので、有難く1枚いただき、御朱印代を置いておいた。ついでに2016年版の「まいられぇ岡山 神社仏閣を巡る」ガイドブック(岡山県内の神社仏閣56社寺が掲載されている、山陽新聞社が毎年発行している無料のガイドブック。内容は毎年同じだけど…)も1冊頂戴してきた。
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 No.115 高梁 稲荷神社 「備中高梁 稲荷神社」 2016-11-2(Wed)

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# by yan-puchi | 2016-11-14 04:37 | 岡山県・神社 | Comments(0)
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 龍泉寺  真言宗善通寺派  
 山号:栖隆山  本尊:聖観世音菩薩
 創建:天平4年(730年)  開基:行基
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第14番
 所在地:岡山県高梁市成羽町下原370

 瀬戸内三十三観音霊場 第14番札所・龍泉寺は高梁市成羽町にある真言宗善通寺派の寺院で、以前御紹介した岡山市北区下足守にある日蓮宗最上教の総本山・龍泉寺 (No.59)と同じ寺号で紛らわしいため、タイトルに(成羽町)と入れた次第であーる…どうでもいいけど。 
 この成羽の龍泉寺は天平4年(730年)に行基が開創したそうで、本尊の聖観世音菩薩は大同年間(806年 - 810年)に弘法大師が巡錫の時、彫刻安置したものなのだとか。

 尼子家再興のため「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったというドMな…もとい、智勇・忠義に優れた立派な武将として知られる山中鹿之介こと山中幸盛 終焉の地である阿井の渡しを通り過ぎ、国道313号をひた走って成羽町に入ると、道路沿いに鳥居があるのでそこを曲がる。うーん、道が狭い。この日はたまたま代車のeKワゴンで来ていたので助かったが。暫し進むと龍泉寺への車道があるのだが、これがまたエラく急な坂だったりする (゚Д゚;) 対向車が来ないことを真剣に祈りつつ急勾配の坂を上ると、いきなり龍泉寺の境内に辿り着いてしまった。
e0342766_02150487.jpg 山門前の石柱には「棲隆山 龍泉寺」とある。正式な山号はこっちなのかな。
 手前の木の枝が邪魔で左の写真だと見えにくいが、何故かデカいスピーカーが山門に取り付けられていた。一体何のために…?
 元亨4年(1324年)に建てられたという方柱碑や、灯篭が印象的な本堂などをぼ~っと眺めていると、奥様らしき方が声を掛けてくださったので御朱印をお願いしたところ、快く応じていただけた。
 境内の駐車場に何やらボタンがあり、帰る前には必ず押すようにと書かれてある。これを押すと坂の下に設置されているパトランプが光るようになっているらしい。
対向車に怯えることなく龍泉寺を後にしたのであった。
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 No.114 栖隆山 龍泉寺 「聖観音」 2016-11-2(Wed)
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# by yan-puchi | 2016-11-14 03:05 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 頼久寺  臨済宗永源寺派  
 山号:天柱山  本尊:聖観世音菩薩
 創建:不詳(1339年再興)  開基:寂室元光
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第13番、備中西国三十三観音霊場 第5番
 所在地:岡山県高梁市頼久寺町18
 頼久寺HP: http://raikyuji.com/

 岡山県内で最も心が洗われる城下町・高梁。天守の現存する山城では随一の高さ(標高約430M)を誇る備中松山城や、ベンガラ色の町並で知られる吹屋ふるさと村、現存する国内最古の木造校舎が一時話題になった高梁市立吹屋小学校などがあり、小さな町ながら県内随一の観光地だと思う。
 そんな高梁にある瀬戸内三十三観音霊場 第13番札所・頼久寺小堀遠州作の庭園で知られるお寺だ。創建は不詳だが、暦応2年(1339年)に足利尊氏により備中国の安国寺(南北朝時代に足利尊氏&直義兄弟が、北海道と沖縄を除く日本各地に設けた寺院)として再興されたらしい。ちなみに備前国の安国寺はというと、備前薬師霊場 第3番札所・醫光院なのだとか。
 永正年間(1504年ー1520年)に備中松山城主・上野頼久が寺観を一新。頼久の死後、寺号を安国頼久寺に改号。以来、現在に至るまで頼久寺の名で親しまれている。

 頼久寺を訪れるのは今回で三度目だ。数年前に歴史好きのブロガーさんと一緒に高梁の観光地を回った際に参拝したのが最初で、二度目は昨年のお彼岸時にドライブがてら御朱印をいただきに訪れたのだが、当然ながら御住職は不在で書置きのものをいただいてすごすごと帰った。その時にいただいたのが向かって右側の御朱印で、「慈眼視衆生」と書かれてある。
 そして今回、瀬戸内三十三観音霊場の御朱印(向かって左側)をいただくことが出来た。うーん…これは「佛心」と書かれてあるのでしょうか?
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No.113 天柱山 安国頼久寺 「佛心」 
2016-11-2(Wed) 「慈眼視衆生」
 2015-09-21(Sun)

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# by yan-puchi | 2016-11-08 00:32 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 千光寺  真言宗単立 
 山号:大宝山  本尊:千手観音
 創建:大同元年(806年)  開基:弘法大師
 札所:中国三十三観音霊場 第10番、百八観音霊場 第13番、山陽花の寺二十四か寺 第20番
 所在地:広島県尾道市東土堂町15-1
 千光寺HP: http://www.senkouji.jp/
 千光寺では5枚もの御朱印をいただいた。有難や~。こちらは百八観音霊場 第13番札所のもの。
e0342766_05084438.jpg 以前も全く同じことを書いたが、百八観音霊場というのは中国観音霊場(第1番~第39番)、四国三十三観音霊場(第40番~第74番)、九州西国霊場(第75番~第108番)の3霊場が一緒になったもので、百八観音霊場の御朱印の特徴はというと、右下に押印された金印&花御影というお花のカードがいただけることである。納経料は500円(霊場の納経料300円+百八霊場の金印200円)と、ちょいとお高くなっている。
 千光寺の花御影は可愛らしい春山茶花(はるさざんか)だ。

 行きはロープウェイで上ったが、帰りは文学のこみちなる散歩道を歩いて下山。ここには尾道ゆかりの文人達――徳富蘇峰、正岡子規、十返舎一九、金田一京助、志賀直哉、林芙美子、緒方洪庵、山口誓子、柳原白蓮、松尾芭蕉、頼山陽など――の作品の一節が自然石などに刻まれた25の文学碑がある。
 「海が見えた。海が見える。五年振りに見る尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように、拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える。山は爽やかな若葉だ。緑色の海、向こうにドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。私は涙があふれていた」
 これはあまりにも有名な林芙美子の「放浪記」の一節。
 「六時になると上の千光寺で刻の鐘をつく。ごーんとなると直ぐゴーンと反響が一つ、又一つ、又一つ、それが遠くから帰ってくる。その頃から昼間は向島の山と山との間に一寸頭を見せている百貫島の燈台が光り出す。それがピカリと光って又消える。 造船所の銅を溶かしたような火が水に映り出す」
 こちらは志賀直哉の「暗夜行路」の一節。ま、どちらも読んだことはないけどね…。
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(千光寺本堂の画像は写真素材 おのみちやさんより拝借しました)

 No.112 大宝山 権現院 千光寺 「大悲閣」 2016-07-16(Sat)
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# by yan-puchi | 2016-08-19 02:51 | 広島県・寺院 | Comments(0)