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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 餘慶寺  天台宗 
 山号:上寺山  本尊:千手観音
 創建:天平勝宝元年(749年)  開基:報恩大師
 札所:中国三十三観音霊場 第2番、百八観音霊場 第3番 他
 所在地:岡山県瀬戸内市邑久町北島1187
 餘慶寺HP:http://yokeiji.com/

 上寺(うえてら)こと餘慶寺は以前参拝したことがあり、今回訪れたのは2度目。前回は中国三十三観音霊場 第2番札所の御朱印をいただいたので、今回は百八観音霊場 第3番札所のものを戴きに再訪した次第である。
e0342766_01200771.jpg  百八観音霊場というのは、中国観音霊場(第1番~第39番)、四国三十三観音霊場(第40番~第74番)、九州西国霊場(第75番~第108番)の3霊場が一緒になったもので、百八観音霊場の御朱印の特徴はというと、左上に押印された金印&花御影というお花のカードがいただけることである。納経料は500円(霊場の納経料300円+百八霊場の金印200円)と、ちょいとお高くなっている。まったく商売上手ですなぁ。
 餘慶寺さんで戴いた花御影は睡蓮であった。

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 No.107 上寺山 餘慶寺 「大慈殿」 2016-03-19(Sat)
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# by yan-puchi | 2016-07-23 01:11 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 般若院  臨済宗東福寺派  
 山号:井山  本尊:千手観音
 創建:不詳
 札所:備中西国三十三所観音霊場 第25番 
 所在地:岡山県総社市井尻野1968-2 
 室町時代の画僧・雪舟が少年時代に修行した宝福寺は、元は天台宗の寺院であったが鎌倉時代の貞永元年(1232年)に鈍庵慧總により臨済宗に改宗されたそうな。改宗にあたって鈍庵は帰依した東福寺の開祖・円爾弁円の高弟・玉渓を迎え、玉渓はさらに当代屈指の名僧・無夢一清(東福寺第30世住持)を請じて、基礎を固めたという。こうして臨済宗布教の拠点となった宝福寺、一時は塔頭子院55、山外末寺300余を数えるほど隆盛を極めたそうだが、戦国時代に起こった備中兵乱で、三重塔など僅かな建物を残して全山焼失してしまったらしい。この三重塔に隣接して唯一残っている塔頭が、無夢一清を祖とする般若院だ。

 こぢんまりとした清閑なお寺であった……って、感想それだけ!? (´゚д゚` )
どうやら般若院は湯豆腐が有名らしく、精進料理を味わえるという。へぇ、またいつの日か行ってみようっと。
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 No.106 井山 般若院 「大悲殿」 2016-03-19(Sat)

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# by yan-puchi | 2016-07-21 17:30 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 安養寺  高野山真言宗 
 山号:朝原山  本尊:兜跋毘沙門天
 創建:奈良時代  開基:報恩大師
 所在地:岡山県倉敷市浅原1573
 安養寺HP: http://www.geocities.jp/fukuyamao/anyouzi.html
 奈良時代、報恩大師が開山したという安養寺。報恩大師とは備前国に48ヶ寺を開基したという謎の坊さまで、この名前が出てくると、嗚呼、地元のお寺だなぁと思ってしまう。
 安養寺は倉敷市浅原という所にあるのだが、どうやら昔は朝原千坊と呼ばれた仏教聖地の本坊として栄えたらしい。
e0342766_05035474.jpg  写真だと小さく見えるが、山門に向かう101段の石段の上には思いのほかデカい毘沙門天像が!地元新聞社が毎年無料で発行している「吉備の国 寺社巡り」というガイドブックの解説によると、ここ備中福山は不老不死の妙薬を探索した徐福ゆかりの地として毘沙門天信仰が厚く、その縁で安養寺は毘沙門天を祀っているのだとか。うーん、徐福と毘沙門天の関係がよく分からないけど…。

 安養寺の見所は、成願堂という荘厳された祈りの場(ちょっと何言ってるか分からない)。一木彫りの等身大の毘沙門天像36体や、国指定重要文化財の兜跋毘沙門天像と吉祥天像などが無料で公開されている。参拝客を信頼してくれているのか、剥き出し(?)で展示されていて驚いた。
 
 源平盛衰記では鹿ケ谷の変で治承元年(1177年)、備前国に追放された藤原成親がここ安養寺に出家・受戒したと書かれているそうな。
 ちなみにこのお寺は倉敷七福神 毘沙門天本山とのこと(ちょっと何のことか分からない)。
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 No.105 浅原山 安養寺 「大毘沙門天王」 2016-03-19(Sat)
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# by yan-puchi | 2016-07-21 06:49 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 龍安寺  臨済宗妙心寺派  世界遺産
 山号:大雲山  本尊:釈迦如来
 創建:宝徳2年(1450年)  開基:細川勝元  開山:義天玄承
 所在地:京都府京都市右京区龍安寺御陵下町13
 龍安寺HP: http://www.ryoanji.jp/top.html
 知恩院からスタートした今回の京都御朱印巡り旅、最後に回ったのはこれまた世界遺産に登録されている龍安寺だ。拝観受付が16:30までだったので、仁和寺からタクシーで向かって何とか間に合った。だがやはり時間ギリギリだったため、御朱印は書置きのもので…とのことだった。
 龍安寺は宝徳2年(1450年)、応仁の乱の東軍総大将として知られる室町幕府管領・細川勝元が創建した禅寺で、その応仁の乱で焼失したものの、勝元の子・細川政元によって明応8年(1499年)に再興されたのだそうな。
 御朱印にもデカデカと書かれてあるように、龍安寺といえば石庭――幅25M、奥行10Mほどの白砂の空間に大小15個の石を配置した枯山水庭園が有名だ。でもってこの石庭、どこから眺めても14個の石しか見えないという。どれどれ……。
およそ40年前、英国のエリザベス女王は来日時に石庭を見て絶賛されたそうだが、うーん… (´・ω・`)
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 本物よりも、石庭の模型の方に興味を持ってしまった。
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 もう一つ、龍安寺で有名なのが知足の蹲踞(つくばい)と呼ばれる手水鉢で、中央の水穴を「口」の字に見立て、四方の字と合わせて「吾唯足知(吾れ唯だ足ることを知る)」と読む。釈迦が説いた「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という「知足」の心を図案化したものだそうで、黄門様こと徳川光圀が寄進したのだとか。嗚呼、残念なことにうっかり見逃してしまった(><)
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 最後の拝観を終えて嵐電・龍安寺駅に向かって歩いていたつもりが、どうやら道を誤ったらしく、通りがかりのおじさんに尋ねてみたところ、「新幹線で帰るのなら嵐電よりJR花園駅まで行った方がいいよ」とのアドバイスをいただき、花園駅までの道順を教えてくださった。そういえばせっかく京都自由周遊区間JR線3日間乗り放題券があるのに、まだ一度もJRを利用してなかったっけ。おじさんに御礼を言い、花園駅へ向かうことに。途中にあった妙心寺に再び立寄り、北門→南門を抜けて花園駅に到着。JRで京都駅に。
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 京都駅地下で土産物を購入し、夕食(だし茶漬け、美味しゅうございました)を取った後に一服しようと地上へ出ると、AQUA FANTASY なる光と音楽が連動する音楽噴水というものをちょうどやっていたので、暫し鑑賞。

 今回の京都御朱印巡り旅では、2日間で25寺社(20寺5社)を回るという無茶をしてしまった。当然一つ一つの寺社をじっくり見て回る余裕などあろうはずもなく、随分と邪道な寺社巡りであった。重々反省しております m(_ _)m
 しかしこれだけ多くの寺社を見て回れたのは “歩くまち・京都フリーきっぷ(2日フリー版)” のおかげだ。鉄道5社、バス2社の路線が利用範囲内で乗降り自由という、観光客の強~い味方があってこそ可能な御朱印巡り旅であった。


 No.104 大雲山 龍安寺 「石庭」 2016-02-27(Sat)

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# by yan-puchi | 2016-07-20 07:36 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 仁和寺  真言宗御室派総本山  世界遺産
 山号:大内山  本尊:阿弥陀如来
 創建:仁和4年(888年)  開基:宇多天皇
 札所:真言宗十八本山 第6番、京都十三仏霊場 第9番、 近畿三十六不動尊 第14番他
 所在地:京都府京都市右京区御室大内33
 仁和寺HP: http://www.ninnaji.or.jp/
 15時過ぎに妙心寺を出て、大慌てで嵐電に乗り込んだ。次の目的地は拝観受付が16時までの仁和寺だ!
4月には仁和寺の宿坊の元料理長が過酷な長時間労働で抑鬱状態になったとして、約4,253万円の支払いを命じられたというニュースもあったけど…。何はともあれ世界遺産のお寺(古都京都の文化財として登録されている、17寺社の一つ)だもの、一度は行ってみなきゃ。
 嵐電に乗り込んだはいいが、仁和寺へは妙心寺駅から一駅戻らなければならないのに、誤って逆方向行きに乗ってしまった。終点の北野白梅町駅で帷子ノ辻行きに乗り換えてUターン…嗚呼、痛恨のタイムロス。
 御室仁和寺駅から真っ直ぐ歩いていくと、立派な二王門が聳え立っている。仁和寺の二王門は知恩院三門、南禅寺三門と並ぶ京都三大門の一つらしい。
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 仁和寺は仁和2年(886年)に光孝天皇が建立を発願するも翌年崩御、次代の宇多天皇が先帝の遺志を継ぎ、仁和4年(888年)に完成させた。寺号は元号から取られ、仁和寺となったのだとか。その後、宇多天皇は出家し、仁和寺内に「御室」(おむろ)と呼ばれる僧坊を建てて住んだため、「御室御所」の別称があるそうな。なので御室派総本山なのね。以降、皇室出身者が代々門跡(住職)を務め、平安〜鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保ったそうなのだが、慶応3年(1867年)に純仁法親王が還俗したことにより宮門跡の歴史を終えたという。
 じっくり拝観する時間がなかったので、二王門を潜ってすぐ左手の受付にて御朱印のみお願いしたところ、拝観料なしで御殿に上がらせていただけた。勿論、入ってすぐの納経所に行っただけだけど。すみません、次回は必ずお金を払ってじっくり拝観させていただきますので。御朱印は何種類かあるらしいのだが、今回は一種類のみいただいた。
 その後早足で境内を見て回り、国宝の金堂へ。金堂前にも納経所があったが、残念ながら既に閉まっていた。うーん…当たり前だけど10分や20分そこらで見て回れるお寺じゃない!時間がないのが悔やまれた。
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 No.103 大内山 仁和寺 「旧御室御所」 2016-02-27(Sat)

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# by yan-puchi | 2016-07-18 07:31 | 京都府・寺院 | Comments(0)