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ふらりと御朱印集め

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介しています。関西の寺社にもふらりと出掛けます。

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 貴船神社  貴船神社総本社  名神大社、二十二社(下八社)、官幣中社、別表神社  
 祭神:高龗神
 創建:不詳 
 所在地:京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
 貴船神社HP: http://kifunejinja.jp/

 ひーこら言いながら鞍馬山を下ると、目の前には貴船神社が。山登りの疲れを癒してくれる貴船川のせせらぎに心があらわれる。鞍馬寺といい、この貴船神社といい、山の木々の新緑に鳥居や灯籠の朱色がよく映えて実に美しい。
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 創建年代は不詳だが貴船神社の歴史は古く、社伝によると反正天皇の時代(406年~410年)に神武天皇の母である玉依姫命が、黄色い船に乗って淀川・鴨川・貴船川を遡って当地に上陸して水神を祭ったのに始まると伝えているらしい。社名の由来は「黄船」によるものとし、奥宮境内にある御船型石は、玉依姫命が乗ってきた船が小石に覆われたものなのだとか。「気の産まれる根源」が転じて「気生根」になったともいうそうな。
 社殿は本宮・結社(中宮)・奥宮の3箇所に分かれて建っており、元々奥宮のある場所が本宮だったようだが、永承元年(1046年)の洪水災害で社殿が流失したため、天喜3年(1055年)現在地に再建・遷座したらしい。本殿の真下には龍穴があるらしく、大和の室生龍穴、備前の龍穴とともに、日本三大龍穴の一つとされているのだとか。岡山にそんな大きな龍穴があるなんて、初めて知った…(^^;
 
 結社(中宮)には磐長姫命が祀られ、縁結びの神として信仰されているらしい。なんでも伝承によると、天孫・瓊瓊杵尊磐長姫の妹の木花開耶姫と結婚しようとしたとき、姉妹の父の大山祇命は磐長姫も共に奉ったが、瓊瓊杵尊は容姿端麗な木花開耶姫とだけ結婚し、醜かった磐長姫は実家に返したそうな。磐長姫は大いに恥じ、「縁結びの神として良縁を授けん」と言って当地に鎮まったというが――。
 何それ!? 磐長姫命、めっちゃ可哀想やん。お姉ちゃん、いい人すぎるわ…(T T) 僭越至極ながら、私らのことよりも、磐長姫自身に御幸せになっていただきたいと思うのであります。 e0342766_13101689.jpg 鞍馬山二往復中の次男を待つ間、長男は一人で奥宮へ。私は歩く元気がなかったので、御朱印帳を購入し、記入していただいた。奥宮の御朱印も…。すみません、次回は必ず奥宮も参拝致しますので m(_ _)m
e0342766_13070481.jpg 貴船神社の御朱印帳は水玉模様がとってもキュート♪
水神である高龗神(たかおかみのかみ)を祀っているので、水玉なのかな。
 御神水に浸すと文字が浮き出てくる水占おみくじもやったのだが、何が書かれていたか忘れてしまった(^^;
 思っていたより歴史感が薄かったのは、本殿・拝殿を2007年に改築したため。若い女性に人気の神社だから、清潔感があっていいかも。

 地元の方が川床の準備をしている脇を、とことこ歩いて道を下っていると急に雨が降ってきた。慌ててバス停に駆け込んで雨宿り。山登りの途中でなくてよかった~。
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帰りは灯籠に灯がともっていた。夜はさぞかし美しいだろうなぁ。


 No.151 貴船神社 「水神 貴船神社」  2018-04-27(Fri)


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# by yan-puchi | 2018-06-18 18:00 | 京都府・神社 | Comments(0)
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 鞍馬寺  鞍馬弘教総本山
 山号:鞍馬山  本尊:尊天(毘沙門天王・千手観世音菩薩・護法魔王尊)
 創建:宝亀元年(770年)  開基:鑑禎
 札所:新西国三十三箇所 第19番
 所在地:京都府京都市左京区鞍馬本町1074
 鞍馬寺HP: http://www.kuramadera.or.jp/

 遠きて近きもの、くらまのつづらをりといふ道――と「枕草子」に清少納言は綴っているそうだが、ホント、若いうちに訪れておくべきだった…と、杖を頼りに独りよろよろと九十九折参道を登っていく。途中までは一緒だったはずの息子たちに、いつの間にやらおいて行かれていた。嗚呼、今こんなに苦しい思いをしているのは、日頃の心掛けのせいなのかもしれないなぁ、なんて自省しながらとりあえず足を前に踏み出すことだけに集中して本堂を目指す。

 鞍馬寺は奈良時代末期の宝亀元年(770年)、鑑真の高弟・鑑禎が正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登った際、鬼女に襲われるも毘沙門天に助けられたことから、毘沙門天を祀る草庵を結んだのが始まりだそうな。
 また、平安京遷都から2年後の延暦15年 (796年)、造東寺長官・藤原伊勢人は観音を祀る寺の建立を念願していた。夢告と白馬の援けを得て登った鞍馬山には鑑禎の草庵があり、毘沙門天が安置されていた。だが「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という夢告が再びあったので、伽藍をととのえて毘沙門天を奉安し、後に千手観音を造像して併せ祀ったという説もあるのだとか。
 元々は真言宗の寺院だったらしいが、平安時代に天台宗に改宗。そして1949年に天台宗から独立し、現在は鞍馬弘教総本山となっている。
 鞍馬寺の本尊は「尊天」であるが、この尊天というのはWikiさんのまとめによると――
“鞍馬寺本殿金堂(本堂)の本尊は「尊天」であるとされる。堂内には中央に毘沙門天、向かって右に千手観世音、左には護法魔王尊が安置され、これらの三身を一体として「尊天」と称している。「尊天」とは「すべての生命の生かし存在させる宇宙エネルギー」であるとする。また、毘沙門天を「光」の象徴にして「太陽の精霊」・千手観世音を「愛」の象徴にして「月輪の精霊」・魔王尊を「力」の象徴にして「大地の霊王」としている。「尊天」のひとり、「護法魔王尊」(サナート・クマラ)とは、650万年前に金星から地球に降り立ったもので、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるという”

 麓の仁王門から歩くこと約30分、やっとのことで山頂の本堂に到着。心優しい長男が待っていてくれた。京都有数のパワースポットといわれるだけあって、確かに何らかのパワーというか気というか、まぁそういうものが感じられた。
 更に奥の院参道を進んで霊宝殿なる建物に差し掛かったとき、そこで働いているらしき方が
「連れの人はもう先に入っているよ」
と言うので、てっきり先に行った次男のことだと思い、興味はなかったが入ってみるも次男はおらず。誰かと勘違いしたのだろうか?よく分からない…一体何だったんだろう?
 またもや長男は先に進んでしまい、独りで木の根道を降りていると次男から電話が。どうやら彼は既に鞍馬駅の大天狗の所まで降りているらしい。えっ!? 母も兄も貴船神社側に向かって山を下っているよ (゚Д゚;)
「……わかった。そっち行く」
 一度でもキツい山登りを二度までもする羽目になった次男。しかし私達が山を下り、貴船神社に着いて10分ぐらい経った頃に息を切らせて次男が到着。いくらなんでも早すぎるでしょ!子供の頃からどこか常人離れしていたが、ひょっとしたら牛若丸の生まれ変わりなのかも!?

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 No.150 鞍馬山 鞍馬寺 「尊天」  2018-04-27(Fri)


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# by yan-puchi | 2018-06-14 00:15 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 由岐神社   
 祭神:大己貴命、少彦名命
 創建:天慶3年(940年)  
 所在地:京都府京都市左京区鞍馬本町1073
 由岐神社HP: http://www.yukijinjya.jp/

 宇治・萬福寺で普茶料理を堪能した翌日は、今回の目的地である貴船神社方面へ向かうことに。
 でもせっかくだから京都最古の歴史を持つ神社のひとつで、世界遺産にも登録されている上賀茂神社(賀茂別雷神社)にも参拝していこうか――ということで、京都駅からのんびり市バスに揺られて上賀茂神社へ。今年3月からバス一日券って600円になったのね。私は1年半にも訪れているのだが、初めての息子に付き合って2度目の特別参拝。この日も御朱印はいただいたが前回アップしたので今回は割愛。バスで出町柳へと戻る途中、下鴨神社にも寄ろうか迷ったが時間的に余裕があるか微妙だったので、今回はスルーして出町柳駅から叡山電鉄鞍馬線に乗り込んだ。

 貴船神社口という駅で降りるつもりで乗り込んだが、ついでだから鞍馬寺というお寺を先に見てみようか…と、鞍馬駅で下車。元々回るつもりはなかったので駅のデッカい天狗に若干引きつつ歩いていくと、鞍馬寺への参道入口が。まさかこのあと山登りする羽目になろうとは思わず、軽い気持ちで仁王門を潜って突き進んだ。
 途中、ケーブルカー乗り場(ケーブル山門駅)があったが、それに乗ってしまうと由岐神社に立寄れなくなるため、横の九十九折参道を歩いていくことに。駅で借りた杖を突き突き10分ほど歩いたところで由岐神社に到着。

 由岐神社の祭神は元々御所に祀られていたそうだが、都で大地震、平将門の乱(天慶の乱)と相次いだため、朱雀天皇の詔により天慶3年(940年)9月9日、鞍馬の地に遷宮され、北方鎮護を仰せつかったのだそうな。
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 そして京都三大奇祭の一つであるらしい鞍馬の火祭は、そのときに里人が篝火を持って神霊を迎えたことによるものなのだとか。…すみません、無知な私は鞍馬の火祭というものを初めて知りました m(_ _)m 
 にもかかわらず、火祭御朱印(2種類あったが1種類のみ)もちゃっかり購入。火祭御朱印は貼るタイプのみ…って何だかカイロみたいだけど。

 本殿と拝殿は慶長12年(1607年)に豊臣秀頼によって再建されたものだそうで、特に拝殿は中央に通路をとった割拝殿という珍しい拝殿らしく、国の重要文化財に指定されているそうな。
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 No.149 由岐神社 「鞍馬の火祭 由岐神社」  2018-04-27(Fri)


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# by yan-puchi | 2018-05-19 00:13 | 京都府・神社 | Comments(0)
 御朱印集めを始めて早3年。「御朱印集め 始めました」というブログタイトルもそろそろ卒業かな…ということで、タイトルを変更することにした。今後は「ふらりと御朱印集め」として、相変わらずまったり綴っていく所存だ。
 今回はタイトル変更に伴う番外編。京都・萬福寺の普茶料理について。
 普茶料理というのは、黄檗宗の開祖・隠元禅師が中国から伝えた精進料理で、「普茶」とは「普く(あまねく)大衆と茶を供にする」という意味を示すところから生まれた言葉だそうな。e0342766_04391681.jpg

 普茶料理のコースは予約制。予約後に送付されてくる葉書を持って、半年ぶりに萬福寺を再訪。
 三門を潜り、金色の弥勒菩薩(布袋さま)がデンといらっしゃる天王殿や本堂である大雄寶殿、木魚の原形といわれる開版が吊るされた斎堂などを通り過ぎ、黄龍閣という質素な別館へ。
e0342766_04380487.jpg 長男&次男と3人で、一人7,000円の贅沢コース。
コース料理は個室でのんびりと味わうことが出来る。
期待に胸を膨らませる母の前で、黙々と普茶料理のパンフレットに目を通す次男。禅宗において食事の前に唱えられる偈文「五観の偈」が記されている。
 「五観の偈」は以下のとおり。
一つには、功の多少を計り彼の来処を量る。
(食物が供されるまでの人々の苦労及び施主の恩に感謝し頂くこと)
二つには、己が徳行の全蕨と忖って供に応ず。
(自己の行いを見つめて食物を頂くのに値するか推し量ること)
三つには、心を防ぎ過貪等を離るるを宗とす。
(多く貪らないように慎むこと)
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
(健全なる心身を維持する為に必要な薬として頂くこと)
五つには、道業を成ぜんが為に此の食を受くべし。
(道を修める為に此の食を頂くこと)
 
 感謝の心を持って、さあ、普茶料理を堪能しよう!写真がド下手すぎて美味しそうに見えないけど…(^^;
料理は大皿に人数分盛られていて、各自が取り皿に取っていただくようになっている。では、いただきます。
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向かって左は浸菜(しんつぁい)…野菜の浸しもの。たぶんそうだと思う。大根なますならぬじゃがいもなます。
中央は筝羹(しゅんかん)…旬の野菜や乾物の煮物などを大皿に盛り合わせた一皿。蒲鉾に見えるのは山芋。
右は麻腐(まふ)…胡麻豆腐。本来、山葵は苦手なのだが、付けて食したほうが美味しかった。
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右側は…これらも筝羹なのだろうか?桜の花びらを模してあるのはユリ根だったと思う。
左側の鶏の唐揚もどきは何だったか忘れたけど、味が濃くてめっちゃ美味しかった。
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油じ(ゆじ)…素材や衣自体に味の付いてある天ぷら。りんごや生姜、赤こんにゃくなど。お饅頭まである。
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雲片(うんぺん)…野菜葛懸。調理の際に残ったへたなどを細かく刻んで葛でとじ、雲に見立てているらしい。揚げた素麺(だったかな?)に掛けて皿うどんのように。これも美味だったが、三人前でこの量はちと物足りないような……。いかんいかん、五観の偈の三つめを思い出せ!
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もどき…精進の食材を使って鰻の蒲焼きに見立てた一品。魚介が苦手なのでこれは嬉しい。
寿免(すめ)…具に唐揚が入っている淡白な澄まし汁。梅干の唐揚が入っていた。
飯子…御飯物。此度は筍御飯。なぜかパンフレットに読み仮名がふられていない。
醃菜(えんつぁい)…香の物。ちっちゃな瓢箪のお漬物がかわいいうえに美味♪
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果菜(くおつぁい)または水果(すいご)…料理の最後を締め括るデザート。嗚呼、満腹。ご馳走様でした(^^)
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 かつては三途川の渡し賃として死者とともに納棺していた六文銭。近年では六文銭を模して印刷した紙のものが使用されているそうだが、本物の六文銭(昔の寛永通宝の一文銭を六枚紐に通してある)が売られていたので購入。一応長寿のお守りともあるが、まぁ極楽浄土だか地獄だかへの旅路の路銀として、あの世で使わせていただくとしよう。

 「御朱印集め 始めました」 改め 『ふらりと御朱印集め』 を今後とも宜しくお願い致します m(_ _)m
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 No.- 黄檗山 萬福寺  2018-04-26(Thu)


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# by yan-puchi | 2018-05-07 18:04 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 神宮寺  真言宗 準別格本山 
 山号:金亀山  本尊:千手観世音菩薩
 創建:永禄年間(1558年 - 1570年)  開基:村上吉満
 札所:瀬戸内三十三観音霊場 第25番
 所在地:広島県尾道市向島1206
 神宮寺HP: http://www.jinguuji.jp/
 「尾道七佛めぐり」最後のお寺を参拝した後、せっかく尾道に来たことなので渡船で向島に渡り、瀬戸内三十三観音霊場 第25番札所の神宮寺へも参拝してきた。正式名称は真言宗 準別格本山 金亀山蓮華院 神宮寺というらしい。
 向島といえば、先日捕まった愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場を脱走した受刑者が潜伏していた島だ。逮捕後に「海を泳いで本州へ渡った」と供述したそうだが、確かに尾道から向島までは渡船で5分も掛からないので、めちゃくちゃ頑張れば泳ぎきれるような気もする…但し日中に水着でなら、の話だけど。

 e0342766_01403645.jpg 日本一短い船旅を終え、渡船乗り場からタクシーで神宮寺へ。尾道で神宮寺への行き方を地元の方に尋ねたもののよく分からなかったのでタクシーに乗ったのだが、歩いても行ける距離であった。
 神宮寺は永禄年間(1558年 - 1570年)の頃、岡島城主であった因島村上水軍の村上吉満が寺を再建、菩提寺としたのが神宮寺なのだそうな。村上氏が滅びると大旦那を失って寺運も一時衰えたが、承応2年(1653年)に庄屋吉原六右衛門が土地を寄進、現在地に移ったらしい。御朱印のおまけで、神宮寺の三角ようじもいただいた。
 昭和チックな町並みをとぼとぼ歩いて渡船乗り場へ向かっていると、知る人ぞ知る、ラムネの清涼飲料水を製造販売している後藤飲料水工業所が。昔懐かしい瓶ラムネやサイダーを販売しているレトロなお店だ。12月末という真冬の時期だったので、お店の前は素通り。いつかまた暖かい時期に行ってみよう。
 嗚呼、尾道は本当にいい所だなぁ(^^)
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 No.148 金亀山蓮華院 神宮寺 「千手観音」 2017-12-28(Thu)


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# by yan-puchi | 2018-05-03 03:02 | 広島県・寺院 | Comments(0)