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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

カテゴリ:京都府・寺院( 49 )

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 萬福寺  黄檗宗大本山
 山号:黄檗山  本尊:釈迦如来
 創建:寛文元年(1661年)  開基:隠元隆琦
 札所:都七福神(布袋尊)
 所在地:京都府宇治市五ヶ庄三番割34
 萬福寺HP: http://www.obakusan.or.jp/

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 萬福寺では御朱印を二つ書いていただいた。
 一つは「大雄宝殿」。本尊の釈迦如来座像や十八羅漢像が安置されている、寛文8年(1668年)に建立された萬福寺の本堂のこと。
 そしてもう一つは「布袋尊」。大雄宝殿と同じ年に建立された天王殿に祀られている、弥勒菩薩の化身とされる布袋像のこと。お寺のパンフレットの表紙にデーンと載っている、金色の福々しい布袋さま(弥勒菩薩)のことである。
 ちなみに、布袋さんは七福神の中で唯一、実在の人物といわれているそうで、後梁時代、中国浙江省の契此(かいし)というお坊さんがそのモデルになったといわれているらしい。いつも大きな袋をかついで国中を旅していたことから、いつしか「布袋」と呼ばれるようになったのだとか。うーん、スナフキンみたいな感じ!?

 「黄檗山萬福寺と雲水の一日」
 萬福寺関連の映像を見ていると、なぜか昔よく見ていた香港のカンフー映画を思い出す。ジャッキー・チェン(成龍)の「少林寺木人拳」だとか「拳精」といった、少林寺が舞台のヤツ。どういうわけか前々から萬福寺には強く惹かれるモノがあったのだが、そうか、ジャッキー映画の影響だったのね…(^^;

 萬福寺では団体(企業)研修を行っているらしく、またWikiさんによると、レース中に違反行為を重ねた競輪選手のペナルティ(「特別指導訓練」と称する)の会場としても使われているそうで、5泊6日の期間中は連日の座禅などの過酷な修行が行われ、選手からは「お寺行き」として恐れられているのだとか。
嗚呼、いいなぁ~私も萬福寺で修行したい。個人ではダメなのかしらん?

 開創以来三百余年、禅堂、西方丈など五ヶ所に設けられている「巡照板」と呼ばれる版木を、朝4時と夜9時に木槌で3打して朗々と唱え、起床と開枕(消燈)を告げ、順次打ち鳴らすという。「巡照板」に書かれているのは

 謹白大衆(きんぺだーちょん)
 生死事大(せんすすーだ)
 無常迅速(うーじゃんしんそ)
 各宜醒覚(こーぎしんきょ)
 慎勿放逸(しんうふぁんい)

この諷経で一日が始まり、一日が終わるのだそうな。五連の句意は

 謹んで大衆(修行僧)に申し上ぐ。
 生死は、事大にして、
 無常は迅速なり。
 各々、醒覚して、
 無為に、時を過ごさぬように。

とのこと。無常は迅速なり――か。光陰矢の如しですな。
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 No.141 黄檗山 萬福寺 「布袋尊」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2018-01-15 03:51 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 萬福寺  黄檗宗大本山
 山号:黄檗山  本尊:釈迦如来
 創建:寛文元年(1661年)  開基:隠元隆琦
 札所:都七福神(布袋尊)
 所在地:京都府宇治市五ヶ庄三番割34
 萬福寺HP: http://www.obakusan.or.jp/

 新年快樂!今年也請多多指教。
 今更ですが、明けましておめでとうございます。本年もぼちぼち更新していきますので、宜しくお願い申し上げます。

 2018年最初にご紹介するのは、日本3禅宗の一つである黄檗宗の大本山・萬福寺
 承応3年(1654年)に日本からの度重なる招請に応じて63歳で来日した、中国福建省の黄檗山萬福寺(古黄檗)の高僧であった隠元隆琦後水尾法皇や徳川幕府の崇敬を得て、京都・宇治に約9万坪の寺地を賜り、寛文元年(1661年)創建したお寺らしい。
 萬福寺の伽藍建築・文化などはすべて中国の明朝様式だそうで、美術・建築・印刷・煎茶・普茶料理、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)・木魚なども隠元禅師が日本にもたらしたものらしく、当時江戸時代の文化全般に影響を与えたといわれているそうな。
 また、黄檗宗では儀式作法は明代に制定された仏教儀式で行われており、毎日誦まれるお経も黄檗唐韻で発音し、中国明代そのままの法式・梵唄を継承しているのだとか。


 前々からこの萬福寺には強い関心があり、是非とも訪ねてみたい憧れの寺院であった。創建時の中国文化を今なお色濃く残し、脈々と受け継いでいる素晴らしさ。300年以上も様式を変えないでいるというのは、大変なことなのではなかろうか。京都にはウン百年続く大寺院や、百年以上続いている老舗もたくさんあるが、こういう伝統を一途に守り続けられるというのが京都という町の強さであり、凄さであると思う。本当に京都の方々には頭が下がる。

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 No.140 黄檗山 萬福寺 「大雄宝殿」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2018-01-13 22:37 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 浄土院  浄土宗
 山号:朝日山  本尊:阿弥陀如来
 創建:明応年間(15世紀後半)  開基:栄久上人
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華115
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
 浄土院は平等院塔頭2ヶ寺の1つで、浄土宗の寺院であーる。
 文化財である阿弥陀如来立像、帝釈天立像、養林庵書院障壁画などを管理しているそうであーる。(平等院HPより)

 現在の平等院は、天台宗系の最勝院、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理しているらしい。
 平等院が浄土・天台両宗の共同管理となったのは、天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものらしい。(Wikiさんより)

 …と、これだけではあまりにも寂しいので、平等院で購入した御朱印帳の写真を。1,500円也。
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 こちらのお寺も写真を撮り忘れてしまった。しつこく平等院鳳凰堂の写真を貼っておく。
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 No.139 平等院塔頭 浄土院 「無量寿」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 03:49 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 最勝院  天台宗系単立
 山号:朝日山  本尊:不動明王
 創建:承応3年(1654年)  開基:澄栄師
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華114
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
 最勝院は平等院塔頭2ヶ寺の1つで天台宗系の単立寺院だそうな。
 承応3年(1654)、京都東洞院六角勝仙院(住心院)の僧が平等院に移り、その住庵を最勝院と呼んだことに始まるそうな。
 これにより中世末以来、平等院と疎遠になっていた天台宗が復帰したのだそうな。(平等院HPより)

 現在の平等院は、天台宗系の最勝院、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理しているのだとか。
 平等院が浄土・天台両宗の共同管理となったのは、天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものなのだとか。(Wikiさんより)

 境内には源頼政の墓所がある。どうやら高倉天皇の兄宮である以仁王と共に打倒平氏のための挙兵を計画し、諸国の源氏や大寺社に蜂起を促す令旨を発したものの、露見して追討を受け宇治平等院の戦いで敗死した方らしい。(Wikiさん参照)

 せっかく御朱印をいただいたというのに、写真を撮り忘れてしまった。平等院鳳凰堂の写真を貼っておく。
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 No.138 平等院塔頭 最勝院 「不動明王」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 03:08 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 平等院  単立  世界遺産
 山号:朝日山  本尊:阿弥陀如来
 創建:永承7年(1052年)  開基:藤原頼通  開山:明尊
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華116
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
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 平等院鳳凰堂といえば誰しも10円玉の裏側が思い浮かぶもので、10円玉と並ぶように写真を撮っていた人もチラホラいたが、中国人と思しき方は1万円札の裏側に描かれている鳳凰と並ぶように写真を撮っていた。嗚呼、確かに今の1万円札は裏が鳳凰だったっけ。ちなみに裏がキジから鳳凰に変わったのは、平成16年11月1日から。
 
 鳳凰堂の内部が拝観出来るのは9:30~16:10までで、20分毎に50名までということだった。鳳凰堂の外部は近年の改修作業での塗替えせいか、若干ちゃちく感じられたが(あくまで個人的感想です)、鳳凰堂に一歩踏み入るとそこはもう平安の西方極楽浄土。
 中央にデンと御座すは像高284cmという阿弥陀如来坐像、長押上の小壁には飛雲に乗った優雅な雲中供養菩薩像、周囲の壁扉には九品来迎図が、そして阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれている。
 はぁ~。平安時代の人々も、鎌倉時代の人々も、室町時代の人々も、安土桃山時代の人々も、江戸時代の人々も、明治・大正・昭和時代の人々も、そして今の平成時代に生きる我々も、みな同じ思いでこの極楽浄土を眺めてるんだなぁ。 
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 No.137 朝日山 平等院 「鳳凰堂」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 01:24 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 平等院  単立  世界遺産
 山号:朝日山  本尊:阿弥陀如来
 創建:永承7年(1052年)  開基:藤原頼通  開山:明尊
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華116
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
 小学校の修学旅行以来、36年ぶりに行ってきました、平等院
 その修学旅行で平等院といえば、同級生の男の子が砂利道で転んで泣いたという記憶しかなく、建物に関してはこれっぽっちっも覚えていなかったため、いつの日か必ずや再訪せんと心に決めていた。
 そしてその平等院に今回、晴れて参拝することが出来たのであーる。…いやまぁ、来ようと思えばいつでも来れたんだけどね(^^; 嗚呼、それにしてもなんと雅なこと。

 宇治という地は平安時代初期から貴族の別荘が営まれていたそうで、現在の平等院の地は、9世紀末頃に光源氏のモデルともいわれる源融が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものらしい。でもって永承7年(1052年)、時の関白藤原頼通が、父・道長より譲り受けた別荘を仏寺に改め、平等院としたのだとか。
 この年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心を捉え、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していたそうで、翌年の天喜元年(1053年)には阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶、堂内には平安時代最高の仏師・定朝によって制作された阿弥陀如来坐像(勿論国宝)が安置され、華やかさを極めたという。
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 No.136 朝日山 平等院 「阿弥陀如来」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 00:32 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 永観堂 (禅林寺)   浄土宗西山禅林寺派総本山
 山号:聖衆来迎山  本尊:阿弥陀如来
 創建:貞観5年(863年)  開基:真紹
 札所:法然上人二十五霊場 縁故本山、西山国師十六霊場 第8番
 所在地:京都府京都市左京区永観堂町48
 永観堂HP: http://www.eikando.or.jp/
 11月末、紅葉の残る京都に行ってきた。主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印を紹介する――なんていいながら、今年は県外の寺社ばかり参拝してきた気がする。来年はちゃんと県内を巡ることにしよう(^^; 

 紅葉といえば、「秋はもみじの永観堂」と古くから言われているこのお寺! 永観堂は通称で、正式名称は “聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺” というらしい。
 元々は真言密教の道場として始まったそうだが、中興の祖とされる7世住持の永観律師の時に念仏寺へ変化を遂げたという。永観さんは18歳から日課として一万遍の念仏を称え、後には六万遍もの念仏を称えたそうで、禅林寺が永観堂と呼ばれるようになったのは、この永観さんに由来しているのだとか。
 でもって12世の静遍僧都は元々真言宗の僧で、当初は法然を批判していたが、後に浄土教の教えに帰依。法然上人を禅林寺11代住職に推し、自らを12代と称したそうな。その後、浄土宗西山派の寺院になったという。

 永観堂の本尊である阿弥陀如来像は御顔をちょいと横に向けており、「みかえり阿弥陀」と呼ばれている。
 なんでもWikiさんによると――当時50歳の永観が日課の念仏を唱えつつ、阿弥陀如来の周囲を行道していたところ、阿弥陀如来が須弥壇から下り、永観と一緒に行道を始めた。驚いた永観が歩みを止めると、阿弥陀如来は振り返って一言、「永観遅し」と言ったという。本寺の阿弥陀如来像はそれ以来首の向きが元に戻らず、そのままの姿で安置されているのだとか。
 くろ谷さん(金戒光明寺)の “アフロ地蔵” こと五劫思惟阿弥陀仏像と並ぶお茶目な仏様であーる♪

 紅葉も終盤を迎える頃に参拝したのだが、境内には参拝客が溢れており(かく言う自分もその一人)、どこにスマホのカメラを向けても人が入ってしまうため、あまりいい写真が撮れなかった…。うーん、残念。
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 No.135 聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺 「顧阿弥陀如来」 2017-11-29(Wed)


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by yan-puchi | 2017-12-28 23:36 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 南禅寺 (太平興国南禅禅寺)   臨済宗南禅寺派大本山
 山号:瑞龍山  本尊:釈迦牟尼仏
 創建:正応4 年(1291年)  開基:亀山法皇  開山:無関普門
 所在地:京都府京都市左京区南禅寺福地町86
 南禅寺HP: http://www.nanzen.net/
 4月末に息子達と京都へ行き、一泊二日で寺社巡りを楽しんだ。
 東寺青蓮院門跡知恩院八坂神社、伏見稲荷大社、南禅寺おまけに京都水族館を見て回った。
 伏見稲荷は初めてだったので御朱印を楽しみにしていたのだが、受付時間を僅かに過ぎていた。嗚呼、16時半までだったのね…。せっかくなのでぜぇぜぇ言いながら山を登り、ミルクティーを数口飲んで一休み。そして缶をバッグにしまうも蓋の閉めが甘かったようで、御朱印帳がミルクティーまみれに! ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!
な、な、何とバチあたりな! この時の仏罰が下ったのか、今年はわりとツイてない一年だった気がする…。

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 昨年南禅寺に参拝した折は書置きの御朱印をいただいたのだが、今回は御朱印帳を購入したので直筆の御朱印である。ありがたや。表紙を捲ると南禅寺開山 佛心大明国師 御遺偈なるものが印刷されている。佛心大明国師というのは無関普門のことで、後二条天皇より仏心禅師、後醍醐天皇より大明国師の謚号を賜ったのだそうな。
 南禅寺の塔頭もいくつか見て回った。その中のひとつ、天授庵は開山の無関普門の塔所として開かれたという塔頭なのだが、私はこのお寺の窓外に広がる紅葉の画像をスマホの待受画面にしているので、初めて実物を見て大感激。
(4月なので紅葉ではなかったけど) 前日のミルクティーの呪いも暫し忘れて見入った。
 そして次男の奢りで湯豆腐&京懐石料理に舌鼓。大変美味しゅうございました(^^) 母は幸せどす~♪
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 南禅寺塔頭お庭三景。上から南禅院、天授庵、金地院。金地院の庭園は鶴亀の庭という特別名勝で、漫画「へうげもの」では何故かおかまみたいだった小堀遠州作。
どうでもいいけど、今更「へうげもの」にどハマり中だったりして…(^^;
 下の画像は金地院 東照宮。
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 No.134 瑞龍山 太平興国南禅禅寺 「金剛王宝殿」 2017-04-26(Wed)


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by yan-puchi | 2017-12-23 05:08 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 阿弥陀寺  浄土宗
 山号:蓮台山  本尊:阿弥陀如来
 創建:天文24年(1555年)  開基:玉誉清玉
 所在地:京都府京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町14
 蓮台山 阿弥陀寺。御朱印に記されているように、このお寺は本能寺の変で斃れた織田信長信忠親子や、森 蘭丸坊丸力丸兄弟等のお墓があることで知られる。
 天正10年(1582年)6月2日、明智光秀が謀反を起こして信長を本能寺で討った際、清玉上人は自ら現地に赴いて信長の遺灰を持ち帰り、墓を築いたという。後に信忠の遺骨も二条御新造より拾い集め、その横に墓をなしたのだとか。
 豊臣秀吉が天下人になった後、阿弥陀寺には法事料300石があてられたが清玉上人はこれを度々拒否したために秀吉が憤り、新たに大徳寺に寺を建立して信長の法名を採って総見院と号し、大徳寺総見院にて法事を行ったそうな。これらの説の真偽は不明だが、個人的にはそこそこ信憑性があるような気がする。
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 小学生の頃、青池保子さんの「イブの息子たち」に登場した森 蘭丸(右画像)の美しさに一目で虜になって以来30余年、蘭丸は私の心のアイドル♪ 4年ほど前に初めてこのお寺に参ったときは感無量であった。嗚呼…やっと逢えたのね、蘭丸…。・゚・(ノД`)・゚・。
 
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案外小さい信長・信忠親子のお墓

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蘭丸・坊丸・力丸兄弟のお墓

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 No.128 蓮台山 阿弥陀寺 「信長公本廟」 2016-12-19(Mon)


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by yan-puchi | 2017-07-09 04:46 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 相国寺  臨済宗相国寺派大本山
 山号:萬年山  本尊:釈迦如来
 創建:永徳2年(1382年)  開基:足利義満  開山:夢窓疎石
 所在地:京都府京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701
 相国寺HP: http://www.shokoku-ji.jp/
 上御霊神社→下御霊神社へ行こうと思ったが既に日も暮れつつあったため、予定を変更して程近い相国寺へと向かうことに。タクシーを止めて行き先を告げると、すぐそこだからということで運賃不要で送っていただいた。その節は本当に有難うございました m(_ _)m 
 この相国寺、正式名称を萬年山 相國承天禅寺というそうで、京都五山の第2位に列せられている立派な禅寺であーる。室町幕府3代将軍・足利義満により、夢窓疎石を開山(初代住職)として創建され、かの金閣寺(鹿苑寺)・銀閣寺(慈照寺)は相国寺の塔頭寺院であるらしい。おらが田舎出身の画僧・雪舟は、幼い頃に総社(岡山県総社市)の宝福寺に入り、10歳頃からここ相国寺で修行を積んだそうな。
 拝観受付時間終了間際だったため、ゆっくり見て回れなかったのが悔やまれる。
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 相国寺の法堂(はっとう)は「無畏堂」とも言い、現存する法堂としては日本最古のものらしい。豊臣秀頼の寄進によって慶長10年(1605年)に再建されたものなのだとか。関ヶ原の戦いの5年後からって――スゴすぎる。
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 境内をフラフラしていたらひっそりとした墓所があり、こんな石碑が建っていた。
「禁門変長州藩殉難者墓所」
どうやら禁門の変での長州側の戦死者約60名のうち、薩摩藩と交戦して亡くなった20名は、薩摩藩により相国寺の塔頭寺院・大光明寺に葬られたらしい。
 この禁門の変の後、長州藩は朝敵となってしまうのだが、わずか2年後に薩摩藩と薩長同盟を結び、戊辰戦争では旧幕府側が賊軍となり新政府軍に敗れてしまうという…。
 私個人は新選組贔屓なのであるが、あの時代はどちら側も正義であったと思う。各々が自分の信念を貫いて行動し、日本に夜明けを起こしてくれたのだ。

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あの金閣寺(鹿苑寺)が相国寺の山外塔頭だったとは…。2014年10月撮影。


 No.127 萬年山 相國承天禅寺 「無畏堂」 2016-12-19(Mon)


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by yan-puchi | 2017-06-13 22:35 | 京都府・寺院 | Comments(0)