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ふらりと御朱印集め

yanpuchi77.exblog.jp

主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介しています。関西の寺社にもふらりと出掛けます。

カテゴリ:京都府・寺院( 51 )

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 鞍馬寺  鞍馬弘教総本山
 山号:鞍馬山  本尊:尊天(毘沙門天王・千手観世音菩薩・護法魔王尊)
 創建:宝亀元年(770年)  開基:鑑禎
 札所:新西国三十三箇所 第19番
 所在地:京都府京都市左京区鞍馬本町1074
 鞍馬寺HP: http://www.kuramadera.or.jp/

 遠きて近きもの、くらまのつづらをりといふ道――と「枕草子」に清少納言は綴っているそうだが、ホント、若いうちに訪れておくべきだった…と、杖を頼りに独りよろよろと九十九折参道を登っていく。途中までは一緒だったはずの息子たちに、いつの間にやらおいて行かれていた。嗚呼、今こんなに苦しい思いをしているのは、日頃の心掛けのせいなのかもしれないなぁ、なんて自省しながらとりあえず足を前に踏み出すことだけに集中して本堂を目指す。

 鞍馬寺は奈良時代末期の宝亀元年(770年)、鑑真の高弟・鑑禎が正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登った際、鬼女に襲われるも毘沙門天に助けられたことから、毘沙門天を祀る草庵を結んだのが始まりだそうな。
 また、平安京遷都から2年後の延暦15年 (796年)、造東寺長官・藤原伊勢人は観音を祀る寺の建立を念願していた。夢告と白馬の援けを得て登った鞍馬山には鑑禎の草庵があり、毘沙門天が安置されていた。だが「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という夢告が再びあったので、伽藍をととのえて毘沙門天を奉安し、後に千手観音を造像して併せ祀ったという説もあるのだとか。
 元々は真言宗の寺院だったらしいが、平安時代に天台宗に改宗。そして1949年に天台宗から独立し、現在は鞍馬弘教総本山となっている。
 鞍馬寺の本尊は「尊天」であるが、この尊天というのはWikiさんのまとめによると――
“鞍馬寺本殿金堂(本堂)の本尊は「尊天」であるとされる。堂内には中央に毘沙門天、向かって右に千手観世音、左には護法魔王尊が安置され、これらの三身を一体として「尊天」と称している。「尊天」とは「すべての生命の生かし存在させる宇宙エネルギー」であるとする。また、毘沙門天を「光」の象徴にして「太陽の精霊」・千手観世音を「愛」の象徴にして「月輪の精霊」・魔王尊を「力」の象徴にして「大地の霊王」としている。「尊天」のひとり、「護法魔王尊」(サナート・クマラ)とは、650万年前に金星から地球に降り立ったもので、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるという”

 麓の仁王門から歩くこと約30分、やっとのことで山頂の本堂に到着。心優しい長男が待っていてくれた。京都有数のパワースポットといわれるだけあって、確かに何らかのパワーというか気というか、まぁそういうものが感じられた。
 更に奥の院参道を進んで霊宝殿なる建物に差し掛かったとき、そこで働いているらしき方が
「連れの人はもう先に入っているよ」
と言うので、てっきり先に行った次男のことだと思い、興味はなかったが入ってみるも次男はおらず。誰かと勘違いしたのだろうか?よく分からない…一体何だったんだろう?
 またもや長男は先に進んでしまい、独りで木の根道を降りていると次男から電話が。どうやら彼は既に鞍馬駅の大天狗の所まで降りているらしい。えっ!? 母も兄も貴船神社側に向かって山を下っているよ (゚Д゚;)
「……わかった。そっち行く」
 一度でもキツい山登りを二度までもする羽目になった次男。しかし私達が山を下り、貴船神社に着いて10分ぐらい経った頃に息を切らせて次男が到着。いくらなんでも早すぎるでしょ!子供の頃からどこか常人離れしていたが、ひょっとしたら牛若丸の生まれ変わりなのかも!?

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 No.150 鞍馬山 鞍馬寺 「尊天」  2018-04-27(Fri)


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by yan-puchi | 2018-06-14 00:15 | 京都府・寺院 | Comments(0)
 御朱印集めを始めて早3年。「御朱印集め 始めました」というブログタイトルもそろそろ卒業かな…ということで、タイトルを変更することにした。今後は「ふらりと御朱印集め」として、相変わらずまったり綴っていく所存だ。
 今回はタイトル変更に伴う番外編。京都・萬福寺の普茶料理について。
 普茶料理というのは、黄檗宗の開祖・隠元禅師が中国から伝えた精進料理で、「普茶」とは「普く(あまねく)大衆と茶を供にする」という意味を示すところから生まれた言葉だそうな。e0342766_04391681.jpg

 普茶料理のコースは予約制。予約後に送付されてくる葉書を持って、半年ぶりに萬福寺を再訪。
 三門を潜り、金色の弥勒菩薩(布袋さま)がデンといらっしゃる天王殿や本堂である大雄寶殿、木魚の原形といわれる開版が吊るされた斎堂などを通り過ぎ、黄龍閣という質素な別館へ。
e0342766_04380487.jpg 長男&次男と3人で、一人7,000円の贅沢コース。
コース料理は個室でのんびりと味わうことが出来る。
期待に胸を膨らませる母の前で、黙々と普茶料理のパンフレットに目を通す次男。禅宗において食事の前に唱えられる偈文「五観の偈」が記されている。
 「五観の偈」は以下のとおり。
一つには、功の多少を計り彼の来処を量る。
(食物が供されるまでの人々の苦労及び施主の恩に感謝し頂くこと)
二つには、己が徳行の全蕨と忖って供に応ず。
(自己の行いを見つめて食物を頂くのに値するか推し量ること)
三つには、心を防ぎ過貪等を離るるを宗とす。
(多く貪らないように慎むこと)
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
(健全なる心身を維持する為に必要な薬として頂くこと)
五つには、道業を成ぜんが為に此の食を受くべし。
(道を修める為に此の食を頂くこと)
 
 感謝の心を持って、さあ、普茶料理を堪能しよう!写真がド下手すぎて美味しそうに見えないけど…(^^;
料理は大皿に人数分盛られていて、各自が取り皿に取っていただくようになっている。では、いただきます。
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向かって左は浸菜(しんつぁい)…野菜の浸しもの。たぶんそうだと思う。大根なますならぬじゃがいもなます。
中央は筝羹(しゅんかん)…旬の野菜や乾物の煮物などを大皿に盛り合わせた一皿。蒲鉾に見えるのは山芋。
右は麻腐(まふ)…胡麻豆腐。本来、山葵は苦手なのだが、付けて食したほうが美味しかった。
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右側は…これらも筝羹なのだろうか?桜の花びらを模してあるのはユリ根だったと思う。
左側の鶏の唐揚もどきは何だったか忘れたけど、味が濃くてめっちゃ美味しかった。
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油じ(ゆじ)…素材や衣自体に味の付いてある天ぷら。りんごや生姜、赤こんにゃくなど。お饅頭まである。
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雲片(うんぺん)…野菜葛懸。調理の際に残ったへたなどを細かく刻んで葛でとじ、雲に見立てているらしい。揚げた素麺(だったかな?)に掛けて皿うどんのように。これも美味だったが、三人前でこの量はちと物足りないような……。いかんいかん、五観の偈の三つめを思い出せ!
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もどき…精進の食材を使って鰻の蒲焼きに見立てた一品。魚介が苦手なのでこれは嬉しい。
寿免(すめ)…具に唐揚が入っている淡白な澄まし汁。梅干の唐揚が入っていた。
飯子…御飯物。此度は筍御飯。なぜかパンフレットに読み仮名がふられていない。
醃菜(えんつぁい)…香の物。ちっちゃな瓢箪のお漬物がかわいいうえに美味♪
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果菜(くおつぁい)または水果(すいご)…料理の最後を締め括るデザート。嗚呼、満腹。ご馳走様でした(^^)
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 かつては三途川の渡し賃として死者とともに納棺していた六文銭。近年では六文銭を模して印刷した紙のものが使用されているそうだが、本物の六文銭(昔の寛永通宝の一文銭を六枚紐に通してある)が売られていたので購入。一応長寿のお守りともあるが、まぁ極楽浄土だか地獄だかへの旅路の路銀として、あの世で使わせていただくとしよう。

 「御朱印集め 始めました」 改め 『ふらりと御朱印集め』 を今後とも宜しくお願い致します m(_ _)m
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 No.- 黄檗山 萬福寺  2018-04-26(Thu)


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by yan-puchi | 2018-05-07 18:04 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 萬福寺  黄檗宗大本山
 山号:黄檗山  本尊:釈迦如来
 創建:寛文元年(1661年)  開基:隠元隆琦
 札所:都七福神(布袋尊)
 所在地:京都府宇治市五ヶ庄三番割34
 萬福寺HP: http://www.obakusan.or.jp/

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 萬福寺では御朱印を二つ書いていただいた。
 一つは「大雄宝殿」。本尊の釈迦如来座像や十八羅漢像が安置されている、寛文8年(1668年)に建立された萬福寺の本堂のこと。
 そしてもう一つは「布袋尊」。大雄宝殿と同じ年に建立された天王殿に祀られている、弥勒菩薩の化身とされる布袋像のこと。お寺のパンフレットの表紙にデーンと載っている、金色の福々しい布袋さま(弥勒菩薩)のことである。
 ちなみに、布袋さんは七福神の中で唯一、実在の人物といわれているそうで、後梁時代、中国浙江省の契此(かいし)というお坊さんがそのモデルになったといわれているらしい。いつも大きな袋をかついで国中を旅していたことから、いつしか「布袋」と呼ばれるようになったのだとか。うーん、スナフキンみたいな感じ!?

 「黄檗山萬福寺と雲水の一日」
 萬福寺関連の映像を見ていると、なぜか昔よく見ていた香港のカンフー映画を思い出す。ジャッキー・チェン(成龍)の「少林寺木人拳」だとか「拳精」といった、少林寺が舞台のヤツ。どういうわけか前々から萬福寺には強く惹かれるモノがあったのだが、そうか、ジャッキー映画の影響だったのね…(^^;

 萬福寺では団体(企業)研修を行っているらしく、またWikiさんによると、レース中に違反行為を重ねた競輪選手のペナルティ(「特別指導訓練」と称する)の会場としても使われているそうで、5泊6日の期間中は連日の座禅などの過酷な修行が行われ、選手からは「お寺行き」として恐れられているのだとか。
嗚呼、いいなぁ~私も萬福寺で修行したい。個人ではダメなのかしらん?

 開創以来三百余年、禅堂、西方丈など五ヶ所に設けられている「巡照板」と呼ばれる版木を、朝4時と夜9時に木槌で3打して朗々と唱え、起床と開枕(消燈)を告げ、順次打ち鳴らすという。「巡照板」に書かれているのは

 謹白大衆(きんぺだーちょん)
 生死事大(せんすすーだ)
 無常迅速(うーじゃんしんそ)
 各宜醒覚(こーぎしんきょ)
 慎勿放逸(しんうふぁんい)

この諷経で一日が始まり、一日が終わるのだそうな。五連の句意は

 謹んで大衆(修行僧)に申し上ぐ。
 生死は、事大にして、
 無常は迅速なり。
 各々、醒覚して、
 無為に、時を過ごさぬように。

とのこと。無常は迅速なり――か。光陰矢の如しですな。
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 No.141 黄檗山 萬福寺 「布袋尊」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2018-01-15 03:51 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 萬福寺  黄檗宗大本山
 山号:黄檗山  本尊:釈迦如来
 創建:寛文元年(1661年)  開基:隠元隆琦
 札所:都七福神(布袋尊)
 所在地:京都府宇治市五ヶ庄三番割34
 萬福寺HP: http://www.obakusan.or.jp/

 新年快樂!今年也請多多指教。
 今更ですが、明けましておめでとうございます。本年もぼちぼち更新していきますので、宜しくお願い申し上げます。

 2018年最初にご紹介するのは、日本3禅宗の一つである黄檗宗の大本山・萬福寺
 承応3年(1654年)に日本からの度重なる招請に応じて63歳で来日した、中国福建省の黄檗山萬福寺(古黄檗)の高僧であった隠元隆琦後水尾法皇や徳川幕府の崇敬を得て、京都・宇治に約9万坪の寺地を賜り、寛文元年(1661年)創建したお寺らしい。
 萬福寺の伽藍建築・文化などはすべて中国の明朝様式だそうで、美術・建築・印刷・煎茶・普茶料理、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)・木魚なども隠元禅師が日本にもたらしたものらしく、当時江戸時代の文化全般に影響を与えたといわれているそうな。
 また、黄檗宗では儀式作法は明代に制定された仏教儀式で行われており、毎日誦まれるお経も黄檗唐韻で発音し、中国明代そのままの法式・梵唄を継承しているのだとか。


 前々からこの萬福寺には強い関心があり、是非とも訪ねてみたい憧れの寺院であった。創建時の中国文化を今なお色濃く残し、脈々と受け継いでいる素晴らしさ。300年以上も様式を変えないでいるというのは、大変なことなのではなかろうか。京都にはウン百年続く大寺院や、百年以上続いている老舗もたくさんあるが、こういう伝統を一途に守り続けられるというのが京都という町の強さであり、凄さであると思う。本当に京都の方々には頭が下がる。

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 No.140 黄檗山 萬福寺 「大雄宝殿」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2018-01-13 22:37 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 浄土院  浄土宗
 山号:朝日山  本尊:阿弥陀如来
 創建:明応年間(15世紀後半)  開基:栄久上人
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華115
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
 浄土院は平等院塔頭2ヶ寺の1つで、浄土宗の寺院であーる。
 文化財である阿弥陀如来立像、帝釈天立像、養林庵書院障壁画などを管理しているそうであーる。(平等院HPより)

 現在の平等院は、天台宗系の最勝院、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理しているらしい。
 平等院が浄土・天台両宗の共同管理となったのは、天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものらしい。(Wikiさんより)

 …と、これだけではあまりにも寂しいので、平等院で購入した御朱印帳の写真を。1,500円也。
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 こちらのお寺も写真を撮り忘れてしまった。しつこく平等院鳳凰堂の写真を貼っておく。
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 No.139 平等院塔頭 浄土院 「無量寿」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 03:49 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 最勝院  天台宗系単立
 山号:朝日山  本尊:不動明王
 創建:承応3年(1654年)  開基:澄栄師
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華114
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
 最勝院は平等院塔頭2ヶ寺の1つで天台宗系の単立寺院だそうな。
 承応3年(1654)、京都東洞院六角勝仙院(住心院)の僧が平等院に移り、その住庵を最勝院と呼んだことに始まるそうな。
 これにより中世末以来、平等院と疎遠になっていた天台宗が復帰したのだそうな。(平等院HPより)

 現在の平等院は、天台宗系の最勝院、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理しているのだとか。
 平等院が浄土・天台両宗の共同管理となったのは、天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものなのだとか。(Wikiさんより)

 境内には源頼政の墓所がある。どうやら高倉天皇の兄宮である以仁王と共に打倒平氏のための挙兵を計画し、諸国の源氏や大寺社に蜂起を促す令旨を発したものの、露見して追討を受け宇治平等院の戦いで敗死した方らしい。(Wikiさん参照)

 せっかく御朱印をいただいたというのに、写真を撮り忘れてしまった。平等院鳳凰堂の写真を貼っておく。
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 No.138 平等院塔頭 最勝院 「不動明王」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 03:08 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 平等院  単立  世界遺産
 山号:朝日山  本尊:阿弥陀如来
 創建:永承7年(1052年)  開基:藤原頼通  開山:明尊
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華116
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
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 平等院鳳凰堂といえば誰しも10円玉の裏側が思い浮かぶもので、10円玉と並ぶように写真を撮っていた人もチラホラいたが、中国人と思しき方は1万円札の裏側に描かれている鳳凰と並ぶように写真を撮っていた。嗚呼、確かに今の1万円札は裏が鳳凰だったっけ。ちなみに裏がキジから鳳凰に変わったのは、平成16年11月1日から。
 
 鳳凰堂の内部が拝観出来るのは9:30~16:10までで、20分毎に50名までということだった。鳳凰堂の外部は近年の改修作業での塗替えせいか、若干ちゃちく感じられたが(あくまで個人的感想です)、鳳凰堂に一歩踏み入るとそこはもう平安の西方極楽浄土。
 中央にデンと御座すは像高284cmという阿弥陀如来坐像、長押上の小壁には飛雲に乗った優雅な雲中供養菩薩像、周囲の壁扉には九品来迎図が、そして阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれている。
 はぁ~。平安時代の人々も、鎌倉時代の人々も、室町時代の人々も、安土桃山時代の人々も、江戸時代の人々も、明治・大正・昭和時代の人々も、そして今の平成時代に生きる我々も、みな同じ思いでこの極楽浄土を眺めてるんだなぁ。 
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 No.137 朝日山 平等院 「鳳凰堂」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 01:24 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 平等院  単立  世界遺産
 山号:朝日山  本尊:阿弥陀如来
 創建:永承7年(1052年)  開基:藤原頼通  開山:明尊
 所在地:京都府宇治市宇治蓮華116
 平等院HP: http://www.byodoin.or.jp/
 小学校の修学旅行以来、36年ぶりに行ってきました、平等院
 その修学旅行で平等院といえば、同級生の男の子が砂利道で転んで泣いたという記憶しかなく、建物に関してはこれっぽっちっも覚えていなかったため、いつの日か必ずや再訪せんと心に決めていた。
 そしてその平等院に今回、晴れて参拝することが出来たのであーる。…いやまぁ、来ようと思えばいつでも来れたんだけどね(^^; 嗚呼、それにしてもなんと雅なこと。

 宇治という地は平安時代初期から貴族の別荘が営まれていたそうで、現在の平等院の地は、9世紀末頃に光源氏のモデルともいわれる源融が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものらしい。でもって永承7年(1052年)、時の関白藤原頼通が、父・道長より譲り受けた別荘を仏寺に改め、平等院としたのだとか。
 この年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心を捉え、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していたそうで、翌年の天喜元年(1053年)には阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶、堂内には平安時代最高の仏師・定朝によって制作された阿弥陀如来坐像(勿論国宝)が安置され、華やかさを極めたという。
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 No.136 朝日山 平等院 「阿弥陀如来」 2017-11-30(Thu)


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by yan-puchi | 2017-12-29 00:32 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 永観堂 (禅林寺)   浄土宗西山禅林寺派総本山
 山号:聖衆来迎山  本尊:阿弥陀如来
 創建:貞観5年(863年)  開基:真紹
 札所:法然上人二十五霊場 縁故本山、西山国師十六霊場 第8番
 所在地:京都府京都市左京区永観堂町48
 永観堂HP: http://www.eikando.or.jp/
 11月末、紅葉の残る京都に行ってきた。主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印を紹介する――なんていいながら、今年は県外の寺社ばかり参拝してきた気がする。来年はちゃんと県内を巡ることにしよう(^^; 

 紅葉といえば、「秋はもみじの永観堂」と古くから言われているこのお寺! 永観堂は通称で、正式名称は “聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺” というらしい。
 元々は真言密教の道場として始まったそうだが、中興の祖とされる7世住持の永観律師の時に念仏寺へ変化を遂げたという。永観さんは18歳から日課として一万遍の念仏を称え、後には六万遍もの念仏を称えたそうで、禅林寺が永観堂と呼ばれるようになったのは、この永観さんに由来しているのだとか。
 でもって12世の静遍僧都は元々真言宗の僧で、当初は法然を批判していたが、後に浄土教の教えに帰依。法然上人を禅林寺11代住職に推し、自らを12代と称したそうな。その後、浄土宗西山派の寺院になったという。

 永観堂の本尊である阿弥陀如来像は御顔をちょいと横に向けており、「みかえり阿弥陀」と呼ばれている。
 なんでもWikiさんによると――当時50歳の永観が日課の念仏を唱えつつ、阿弥陀如来の周囲を行道していたところ、阿弥陀如来が須弥壇から下り、永観と一緒に行道を始めた。驚いた永観が歩みを止めると、阿弥陀如来は振り返って一言、「永観遅し」と言ったという。本寺の阿弥陀如来像はそれ以来首の向きが元に戻らず、そのままの姿で安置されているのだとか。
 くろ谷さん(金戒光明寺)の “アフロ地蔵” こと五劫思惟阿弥陀仏像と並ぶお茶目な仏様であーる♪

 紅葉も終盤を迎える頃に参拝したのだが、境内には参拝客が溢れており(かく言う自分もその一人)、どこにスマホのカメラを向けても人が入ってしまうため、あまりいい写真が撮れなかった…。うーん、残念。
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 No.135 聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺 「顧阿弥陀如来」 2017-11-29(Wed)


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by yan-puchi | 2017-12-28 23:36 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 南禅寺 (太平興国南禅禅寺)   臨済宗南禅寺派大本山
 山号:瑞龍山  本尊:釈迦牟尼仏
 創建:正応4 年(1291年)  開基:亀山法皇  開山:無関普門
 所在地:京都府京都市左京区南禅寺福地町86
 南禅寺HP: http://www.nanzen.net/
 4月末に息子達と京都へ行き、一泊二日で寺社巡りを楽しんだ。
 東寺青蓮院門跡知恩院八坂神社、伏見稲荷大社、南禅寺おまけに京都水族館を見て回った。
 伏見稲荷は初めてだったので御朱印を楽しみにしていたのだが、受付時間を僅かに過ぎていた。嗚呼、16時半までだったのね…。せっかくなのでぜぇぜぇ言いながら山を登り、ミルクティーを数口飲んで一休み。そして缶をバッグにしまうも蓋の閉めが甘かったようで、御朱印帳がミルクティーまみれに! ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!
な、な、何とバチあたりな! この時の仏罰が下ったのか、今年はわりとツイてない一年だった気がする…。

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 昨年南禅寺に参拝した折は書置きの御朱印をいただいたのだが、今回は御朱印帳を購入したので直筆の御朱印である。ありがたや。表紙を捲ると南禅寺開山 佛心大明国師 御遺偈なるものが印刷されている。佛心大明国師というのは無関普門のことで、後二条天皇より仏心禅師、後醍醐天皇より大明国師の謚号を賜ったのだそうな。
 南禅寺の塔頭もいくつか見て回った。その中のひとつ、天授庵は開山の無関普門の塔所として開かれたという塔頭なのだが、私はこのお寺の窓外に広がる紅葉の画像をスマホの待受画面にしているので、初めて実物を見て大感激。
(4月なので紅葉ではなかったけど) 前日のミルクティーの呪いも暫し忘れて見入った。
 そして次男の奢りで湯豆腐&京懐石料理に舌鼓。大変美味しゅうございました(^^) 母は幸せどす~♪
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 南禅寺塔頭お庭三景。上から南禅院、天授庵、金地院。金地院の庭園は鶴亀の庭という特別名勝で、漫画「へうげもの」では何故かおかまみたいだった小堀遠州作。
どうでもいいけど、今更「へうげもの」にどハマり中だったりして…(^^;
 下の画像は金地院 東照宮。
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 No.134 瑞龍山 太平興国南禅禅寺 「金剛王宝殿」 2017-04-26(Wed)


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by yan-puchi | 2017-12-23 05:08 | 京都府・寺院 | Comments(0)