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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

カテゴリ:京都府・寺院( 49 )

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 青龍寺  浄土宗
 山号:見性山  本尊:聖観音菩薩
 創建:延暦8年(789年)  開基:桓武天皇
 札所:洛陽三十三所観音霊場 第9番
 所在地:京都府京都市東山区河原町通八坂鳥居前下ル南町411

 京都霊山護国神社から元来た坂道を下っていると、小ぢんまりとしたお寺があり、朱印がどうのと書かれた貼紙が見えた。へぇ、御朱印がいただけるお寺なんだ…と早速訪ねてみることに。インターホンを押し、くぐり戸からお邪魔させていただいた。どうやらこのお寺・青龍寺は洛陽三十三所観音霊場の第9番札所らしい。
 延暦8年(789年)桓武天皇の勅命により、聖観世音菩薩を祀るために乙訓郡小塩山に建立された大宝寺が始まりだそうで、平安遷都により現在地に移されたという。その後、平家都落ちの際に焼失したそうだが、法然の弟子・見仏が再建し、別時念仏六時礼讃の道場としたらしい。この別時念仏というのは、一定の日時を定め、威儀を正して念仏する行のことだそうで、六時礼讃は中国の僧・善導の「往生礼讃偈」に基づき、1日を6つに分けて誦経(読経)、念仏、礼拝を行うことなのだそうな。建久3年(1192年)、法然がここで後白河天皇の追善菩提のために別時念仏を修したのが六時礼讃の始まりといわれており、お寺の前には「六時禮讃根源之地」と書かれた石碑が建っている。
 本尊の聖観音菩薩は、唐の徳宗皇帝から献上された香木伽羅を、桓武天皇が最澄に命じて彫刻させたものだとかで、このお寺は伽羅観(きゃらかん)さんと呼ばれているらしい。 
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 No.99 見性山
青龍寺 「大悲殿」 2016-02-27(Sat)



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by yan-puchi | 2016-06-18 04:06 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 高台寺  臨済宗建仁寺派
 山号:鷲峰山  本尊:釈迦如来
 創建:慶長11年(1606年)  開基:高台院
 所在地:京都府京都市東山区高台寺下河原町526
 高台寺HP: http://www.kodaiji.com/index.html
 高台寺北政所ねね豊臣秀吉の菩提を弔うために建立したお寺で、正式な寺名は鷲峰山 高台寿聖禅寺というらしい。秀吉と北政所を祀る霊廟のようなところである。
 私はどうも秀吉と北政所が好きになれないのであるが、どういうわけか高台寺には行ってみたいと思い足を運んだものの、やはりそこまで見たいものもなく、一体何をしに来たんだろうと我ながら変な気分であった。
 その謎が解けたのは岡山に帰ってからだが、嘗てあれほど新選組に憧れていたというのに、すっかり失念していた。新選組を離脱した伊東甲子太郎藤堂平助らが結成した御陵衛士(高台寺党)だ!孝明天皇の御陵守護と薩長の動向を探るという名目で結成された御陵衛士は、高台寺塔頭の月真院を屯所としたため、高台寺党とも呼ばれていたのだった。嗚呼、肝心の月真院を見逃してしまった…(>'A`)>

 高台寺で御朱印をお願いすると、窓口に「2016 台湾南部地震義援金について」との貼紙が。“高台寺では、被災された方々に募金支援を行う為、ご賛同いただきました皆様には拝観窓口にて『夢』ご朱印をお分けすることにしました” とのこと。2月6日、台湾南部をM6.6の地震が襲い、100名以上が犠牲になられたことを覚えてらっしゃるだろうか?高台寺に参拝したのが2月末だったので、私も微力ながら協力させていただき、通常の御朱印と「夢」御朱印をいただいたのであった。

 高台寺の表門というのが随分と離れた場所に異彩を放ってポツンと建っており、かつてはかなり大きな寺域を誇っていたことを窺わせる。桃山時代に加藤清正が伏見城に建てたものらしく、伏見城から移され、重要文化財に指定されているらしい。
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 No.97 鷲峰山 高台寿聖禅寺 「佛心」 「夢」 2016-02-27(Sat)
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by yan-puchi | 2016-06-16 21:38 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 圓徳院  臨済宗建仁寺派
 山号:なし  本尊:釈迦如来
 創建:慶長10年(1605年)  開基:三江紹益
 所在地:京都府京都市東山区高台寺下河原町530
 圓徳院HP: http://www.kodaiji.com/entoku-in/idx.shtml
 高台寺に向かっている途中、塔頭のひとつである圓徳院があったので寄ってみた。 
 豊臣秀吉の正室・北政所ねねが「高台院」の号を勅賜されたのを機縁に高台寺建立を発願し、慶長10(1605)年に秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭をこの地に移築して移り住み、77歳で没するまでの19年間を過ごしたという。
 その後、備中国足守藩主で北政所の甥にあたる木下利房の手により高台寺の三江紹益を開基に、木下家の菩提寺として開かれたのだそうな。圓徳院というのは木下利房の号であったらしい。
 個人的に秀吉と北政所には全く興味がないので、さっさと高台寺へ。
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 No.96 圓徳院 「福寿」 2016-02-27(Sat)
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by yan-puchi | 2016-06-16 20:03 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 長樂寺  時宗
 山号:黄台山  本尊:准胝観音
 創建:延歴24年(805年)  開基:最澄
 札所:洛陽三十三所観音霊場 第7番
 所在地:京都府京都市東山区円山町626
 長樂寺HP: http://www.age.ne.jp/x/chouraku/
 建仁寺から高台寺へ向かって歩いていたはずが、どんどん違う方向に行ってしまい、引き返そうとしたところに長樂寺の看板が。せっかくなので行ってみるか…と緩い山道を上がっていると、下の方から消防車のサイレンが聞こえてきた。京都は道が狭いから大変そうだなぁ、なんて悠長に思っていると消防車やパトカーが私の横を通り抜け、坂道を上っていくではないか。ん!? 火事ってもしかして今から行こうとしている長樂寺!? すると坂の上から
「すみませーん!誤報です!誤報でーす!!」との女性の声が。
 お寺の前には消防車2台とパトカー1台が停まっており、消防士や警察官が階段を走っていた。彼らに続いて私も階段を上ったものの、うーん…こんな非常時にのこのこと御朱印をお願いしてもよいのだろうか?受付の方もバタバタされているようだし…と逡巡していると、何と消防士さんが対応してくださった。煙も立ってないし、完全に誤報のようなので消防士さんも手持ち無沙汰だったのだろう。消防士さんが受付の方を呼んでくださり、慌しいなか御朱印を書いていただいた。
 拝観はまたの機会にしようと坂道を下っていると、今度はパトカーがバックで私を追い越していった。
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 結局何も見ていない長樂寺だが、延歴24年(805年)に桓武天皇の勅命により、天台宗の開祖・最澄が比叡山延暦寺の別院として創建したお寺だそうな。その後室町時代に国阿上人によって時宗に改まられたという。
 文治元年(1185年)には高倉天皇の中宮で安徳天皇の生母である建礼門院が壇ノ浦の戦い後、この寺で出家したそうで、建礼門院が安徳天皇の形見の直衣で作ったと伝える幡(安徳天皇御衣幡)などを所蔵する、平家物語ゆかりのお寺らしい。また、詩情豊かな景観は古来より多くの文人たちに愛され、数々の詩や歌に詠まれているのだとか。
 斯様に素晴らしいお寺だというのに、記憶にあるのはボヤ騒動のみという…(´д`)
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 No.95 黄台山 長樂寺 「大悲殿」 2016-02-27(Sat)

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by yan-puchi | 2016-06-16 16:34 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 建仁寺  臨済宗建仁寺派大本山
 山号:東山  本尊:釈迦如来
 創建:建仁2年(1202年)  開基:源頼家  開山:栄西
 所在地:京都府京都市東山区大和大路四条下る四丁目小松町584
 建仁寺HP: http://www.kenninji.jp/
 京都最古の禅寺であり、臨済宗建仁寺派の大本山である建仁寺は、鎌倉時代の建仁2年(1202年)に将軍源頼家が寺域を寄進し栄西禅師を開山として建立された。寺名は当時の年号から名付けられたという。
 栄西は備中(岡山県)吉備津神社の神官のもとに生まれ、28歳と47歳で二度の渡宋を果たし、臨済宗黄龍派の法を受け継いで帰国後、禅の布教に励んだそうな。ちなみに日本に喫茶の習慣を伝えたのも栄西らしい。宋から茶種を持ち帰って栽培し、「喫茶養生記」を著すなどしてお茶の普及と奨励に勤めたのだとか。

 京阪電車清水五条駅から徒歩で建仁寺へ向かっていると、建仁寺手前に塔頭寺院の禅居庵 摩利支天堂があったので寄ってみた。御朱印をお願いしたかったのだが、御朱印ガールらしき方が売店の店員さんにずっと話し掛けていたためすんなり諦めた。田舎者は案外シャイなのである。 
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 そしてついに建仁寺到着。
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 この池や三門の感じ、どこかで見覚えのあるような…。備前国第一の禅寺・曹源寺によく似ている気がする。というか、曹源寺が似せているのだろうけど。どちらも臨済宗のお寺だからかな。
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 こちらは開山堂。「扶桑佛心宗 第一開山 千光祖師榮西禅師入定塔」との石碑が示すとおり、栄西の墓所である。非公開。
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 でもってこちらは法堂(拈華堂)。天井には平成14年(2002年)に創建800年を記念して描かれた小泉淳作画伯筆、迫力のの双龍図。
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 双龍図もスゴいが、やはり建仁寺といえば俵屋宗達筆の国宝・風神雷神図屏風!本坊に入ると、“さぁ、お撮りなさいな”と言わんばかりに風神雷神図の高精細デジタル複製品が飾られてあったので、正直それほど興味はなかったが一応パチリ。
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 e0342766_22040333.jpg御朱印をお願いするついでに御朱印帳も購入。デザインは風神雷神図と、海北友松が描いた方丈襖絵「雲龍図」があったので、雲龍図の方を購入。御朱印帳+御朱印で1,400円也。
 表紙を捲ると栄西が著した、“日本における禅宗独立宣言の書”ともいわれる「興禅護国論」の序文が記されている。
 大哉心乎
 大なる哉、心や。天の高き極むべからず。而るに心は天の上に出づ。
 地の厚きは測るべからず。而るに心は地の下に出づ。……

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 No.94 東山 建仁寺 「拈華堂」 2016-02-27(Sat)

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by yan-puchi | 2016-06-16 14:26 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 檀王法林寺  浄土宗
 山号:朝陽山  本尊:阿弥陀如来
 創建:慶長16年(1611年)  開基:袋中良定
 所在地:京都市左京区川端通三条上る法林寺門前町36
 檀王法林寺HP: http://www.dannoh.com/
 瑞泉寺を出て何の気なしに三条大橋を渡ると、お寺が見えたので行ってみることに。檀王法林寺という浄土宗のお寺だそうで、ダメ元で御朱印をお願いしたところ、快く書いてくださった。
 この檀王法林寺、正式には「朝陽山 栴檀王院 無上法林寺」というそうで、前身は望西楼了恵上人が創建した悟真寺というお寺だったらしい。悟真寺焼失後、袋中上人が栴檀王院 無上法林寺を建立し、そのあとを継いだのが團王(だんのう)上人といわれる方だそうで、この團王上人が人徳厚く町衆信者との交流を深めたことから、親しみを込めて「だんのうさん」と呼ばれるようになったのだとか。
 ちなみに袋中上人はまだ見ぬ仏法を求めて明に渡ることを企図し、渡明の便船を求めて琉球王国に滞在。琉球で浄土宗布教に努めたが、渡明の便船が見つからずやむなく帰国。帰国後は檀王法林寺をはじめ、多くの浄土寺院の創建や中興をおこなったという方だそうな。その関係で庫裏玄関の小屋根の上にはシーサーがちょこんといるらしい。残念なことに全く気付かなかった…。
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 No.93 朝陽山 梅檀王院 無上法林寺 「本尊 阿弥陀佛」 2016-02-27(Sat)
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by yan-puchi | 2016-06-15 01:12 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 本能寺  法華宗本門流大本山
 山号:なし  本尊:三宝尊
 創建:応永22年(1415年)  開基:日隆
 所在地:京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
 本能寺HP: http://www.kyoto-honnouji.jp/
 本能寺は日本で最も名の知られたお寺と言っても過言ではないだろう。天正10年(1582年)6月2日曙、明智光秀が謀反を起こし、本能寺に宿泊していた主君・織田信長を襲撃した “本能寺の変” の舞台である。尤も、本能寺の変でお寺は焼失し、天正19年(1591年)に豊臣秀吉の命で現在の地に移転したそうだが。
 本能寺は以前訪れたことがあり、その時は宝物殿で森蘭丸の背負刀を見て大興奮したが(小学生の頃、青池保子さんの「イブの息子たち」に登場した蘭丸の美しさに一目で虜になって以来、私の永遠の心のアイドル)、今回は御朱印をいただくのが目的であったため、本堂を参拝し、信長公廟や本能寺戦没者合祀墓などで手を合わせて早々にお寺を後にした。

 次に向かった先は、中京区木屋町三条下ル石屋町にある慈舟山 瑞泉寺。慶長16年(1611年)に角倉了以と立空桂叔によって建立されたこのお寺は、養父・豊臣秀吉から謀反の疑いを掛けられて切腹した豊臣秀次と、三条河原で処刑された秀次一族39人並びに賜死した家臣10人の菩提を供養している。
 秀次に深い思い入れがあるわけではないが、一度は来てみたかったお寺である。秀次の供養塔にお参りを済ませ、御朱印をお願いしに伺うと、やっていないとのことだった。
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(↑上2枚は瑞泉寺、↓下2枚が本能寺)
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 No.92 本能寺 「妙法 法華宗」 2016-02-27(Sat)
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by yan-puchi | 2016-06-02 05:30 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 六角堂 (頂法寺)  天台宗
 山号:紫雲山  本尊:如意輪観音
 創建:用明天皇2年(587年)  開基:聖徳太子
 札所:西国三十三所観音霊場 第18番、洛陽三十三所観音霊場 第1番 他
 所在地:京都府京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町248
 六角堂HP: http://www.ikenobo.jp/rokkakudo/
 京都御朱印巡り旅2日目。ホテルを出てまず最初に向かった先は、京都の真ん中にあり、かの聖徳太子が創建したといわれる古刹・頂法寺。本堂が六角形であることから「六角堂」の通称で知られ、地元の方からは “六角さん” と呼ばれて親しまれているらしい。実際、朝9時頃こちらのお寺に着き、まずは山門の写真を撮ろうとガラケーを構えたものの、参拝者がなかなか途切れず苦労した記憶がある(結局、どなたかの後姿が入った写真しか撮れなかったけど)。
 本堂の裏には太子が沐浴したと伝えられる池があり、この池の畔に小野妹子を始祖と伝える僧侶の住坊があったので、「池坊」と呼ばれるようになったという。池坊の僧は頂法寺の住持として朝夕、本尊の如意輪観音に花を供えているうちに花の生け方が評判となり、いけばなが広がったのだとか。というわけでここは “いけばな発祥の地” であるらしい。池では何故か優雅に白鳥が泳いでいた。
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 西国三十三所霊場の御朱印をいただいた際、この橙色の紙が付いていたのだが、これはどういうものなのだろうか?何か意味があるとは思うけど…。中四国・九州の百八観音霊場でいただける華紋カード(花御影)みたいなものなのかな?

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 No.91 紫雲山 頂法寺 「六角堂」 2016-02-27(Sat)
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by yan-puchi | 2016-05-16 23:55 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 六道珍皇寺  臨済宗建仁寺派
 山号:大椿山  本尊:薬師如来
 創建:延暦年間(782年〜805年)  開基:慶俊僧都
 所在地:京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595
 六道珍皇寺HP: http://www.rokudou.jp/
 六道珍皇寺では2種類の御朱印を書いていただいたが、書置きながら紺紙に金泥で書かれた御朱印も2種類ほど販売されていた。それらは本来、8月7日~10日までの「六道まいり」の日に限りいただけるものだそうで、小野篁の薨去1050年にあたり平成14年(2002年)から始められたものらしい。紺紙御朱印は全部で6種類あるのだが、月光菩薩は西暦の偶数年、日光菩薩は奇数年にしかいただけないという。全種類ではなかったものの、それが普通に売られていた。ひょっとして、モーニングに連載中でアニメ化もされた「鬼灯の冷徹」人気で女性参拝者が増えたからかな?時間もなかったし、普段に購入しちゃったら有難みが薄いような気がして今回は購入を断念した。

 ちなみに「六道まいり」というのは、京都では8月13日~16日の盂蘭盆に、各家で先祖の霊を祀る報恩供養が行われるのだが、その前の8月7日~10日までの4日間に精霊を迎えるために六道珍皇寺に参詣する風習があるそうで、それを「六道まいり」というらしい。へぇ~。
 
 このお寺、創建は平安前期の延暦年間(782年〜805年)だそうで、開基は、奈良の大安寺の住持で弘法大師の師にあたる慶俊僧都(きょうしゅんそうず)とされるが、他にも空海説や小野篁説などもあるそうな。元は真言宗で、平安・鎌倉期には東寺の末寺として多くの寺領と伽藍を有していたが、中世の兵乱に巻き込まれて荒廃してしまい、南北朝期の貞治3年(1364年)に建仁寺の住持だった聞渓良聰(もんけいりょうそう)により再興・改宗されて現在に至るのだとか。
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 No.90 大椿山 六道珍皇寺 「醫王殿」 2016-02-26(Fri)

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by yan-puchi | 2016-05-10 22:30 | 京都府・寺院 | Comments(0)
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 六道珍皇寺  臨済宗建仁寺派
 山号:大椿山  本尊:薬師如来
 創建:延暦年間(782年〜805年)  開基:慶俊僧都
 所在地:京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595
 六道珍皇寺HP: http://www.rokudou.jp/
 平安時代、小野 篁は夜ごと井戸を通って地獄に降り、閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたといわれており、この井戸が京都嵯峨の福生寺(生の六道、明治期に廃寺)と、京都東山の六道珍皇寺(死の六道)にあったのだとか。その篁の「冥土通いの井戸」や、中国・明時代の道教美術絵画「焔口餓鬼図」などが “京の冬の旅 非公開文化財特別公開” 期間中につき絶賛公開中だということで、六道珍皇寺へ足を運んだ。時刻は14:30、大急ぎで回れば15時にチェックインできる!別にチェックインは15時を大幅に過ぎようと構わないのだが、予約先のビジネスホテルはPCレンタルが先着順らしく、何としてでもレンタルしたかったのである。…といってもYou Tubeを付けっぱなしにしておくだけなんだけどね。
 拝観料600円を払い、急ぎ足で境内に入るとストップがかかった。何人かが集まってから寺の中に入り、説明を聞かなければならないという。あちゃー、何と悠長なことを。井戸と道教画だけ見せてくれないものかしらん。盂蘭盆には精霊を迎えるために撞くという「迎え鐘」を撞いたり、篁作と言われる閻魔大王と篁の木像が並ぶ閻魔堂を見たりしながら時間を潰し、やっと本堂に入れたのが15時前。最初に御朱印をお願いしておき、書いていただいている間に寺宝の説明を聞くというスタイルなのだが、とにかく時間が気になって寺宝も説明もうわの空(勿体無いことをした)。まぁまた今度ゆっくり出直してこよう、と別の部屋に移動するタイミングで抜け出し、預けていた御朱印帳を受け取って本堂を出たため、結局井戸も道教画も見ずに帰ってしまった。
 お寺を出てすぐタクシーを拾い、ビジネスホテルへ向かったおかげで、無事PCを借りることが出来てひと安心。泊まった部屋にはやたらデカいTVがあったが、特に見たい番組もなかったので、PCがあって本当に助かった。井戸はいつかまた見られる機会がある……かな!?
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 No.89 大椿山 六道珍皇寺 「本尊 薬師如来」 2016-02-26(Fri)

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by yan-puchi | 2016-04-21 04:29 | 京都府・寺院 | Comments(0)