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御朱印集め 始めました

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主に岡山県内の寺社でいただいた御朱印をのんびり紹介していきます

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 正樂寺  高野山真言宗 準別格本山 
 山号:日光山  本尊:十一面観音
 創建:天平勝宝年間(749年 - 756年)  開基:報恩大師
 札所:中国三十三観音霊場 第3番、百八観音霊場 第4番
 所在地:岡山県備前市蕃山1305
 中国観音霊場HP:http://www.kannon.org/ 
 中国観音霊場(山陽・山陰の名刹古刹37ヶ寺)のうち岡山県にある札所は第1~第7番と特別霊場の8ヶ所で、第1・6・7番と特別霊場は既に参拝済のため、今回は備前市蕃山にある第3番札所・正樂寺へと車で向かった。
 お寺でいただいた独特の文体で綴られているパンフレットによると、正樂寺は天平勝宝年中(749~757年)に備前48ヶ寺の一つとして報恩大師が開基。その後、正安6年(1304年)に信賢上人が現在の地に建立したものであるらしい(当時は勝樂寺といった)。江戸時代には備前池田藩の祈願所となり、池田家代々の位牌が安置されているそうな。江戸時代の陽明学者・熊沢蕃山がこの地に隠居したことから、元は寺口村だったこの辺りの地名は蕃山村(しげやまむら)に改められたという。
 岡山市東区から備前市蕃山まで続く岡山ブルーラインをひた走り、午前8時から拝観可能ということで8時過ぎに到着したものの、納経所の窓は閉められたまま。ちと早すぎたか…かといって出直すのも大変だし、付近で時間を潰せる所もなし――と困っていると、普段着姿の男性を発見!一応声を掛けてみると、納経所にある呼鈴を鳴らすように言われ、慌てて引き返してそのとおりにすると先程の男性が普段着のまま出て来られた。御住職さんでしたか。
 恐縮しつつ御朱印帳を差し出し、「ここにお願いします」と由加神社の隣のページに頼んだ。ページを捲ると蓮台寺の御朱印が既に書かれてあるせいか、御住職が少々戸惑った風だったので、ここは正直に
「蓮台寺の御朱印をいただきに行ったんですけど、誤って先に由加神社の方に頼んでしまって…。お寺と神社の関係があまりよくなさそうだったので、1P空けて書いていただいたんです」と告げると、納得してくださったようだった。
 小雨がそぼ降る中での参拝であったが、風情があって実によかった。古刹には小雨が似合う。ただ、何やら修理中のようだったので、完成後にもう一度訪れたいと思う。
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 No.19 日光山 千手院 正樂寺 「大悲殿」 2015-05-16(Sat)
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# by yan-puchi | 2015-06-22 03:40 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 宗忠神社  
 祭神:宗忠大神(教祖・黒住宗忠)
 創建:明治18年(1885年)  
 所在地:岡山県岡山市北区上中野1-3-10
 宗忠神社HP: http://www.munetada.jp/

 岡山市北区にある黒住教の教祖・黒住宗忠の生誕地にて教祖を祀る宗忠神社。地元では大元(おおもと)神社と呼ばれている。黒住教は同じ江戸時代末期に開かれた天理教、金光教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられるそうで、文久2年(1862年)に創建された京都の宗忠神社(神楽岡宗忠神社)は孝明天皇によって勅願所となり、皇室や公家から篤い崇敬を受けたという。岡山の宗忠神社(大元宗忠神社)は明治18年(1885年)の創建だそうな。 
 黒住教というのは、今村宮(宗忠神社から西へ歩いて数分のところにある神社)の神官だった黒住宗忠が文化11年(1814年)に開いた教派神道(神道系新宗教教団)で、神道十三派の一つであるらしい。何のことやらよく分からないけど。
 病で死を覚悟した宗忠さんがある朝、日の出を拝んでいると、天照大御神と一体になるという神秘的宗教体験をしたそうで(天命直授というそうな)、以来宗忠さんは世の中の苦しむ人や助けを求める人のために祈り、教え導き、やがて教祖と仰がれるようになったのだとか。
 うーん…黒住教を含む全宗教を否定する気は全くないが、というよりもむしろ宗教自体には興味津々なのであるが、どうも信仰する気にはなれないんだよなぁ。特にこういう新興宗教を信仰してらっしゃる方というのは、どういうきっかけで信じる気になったのだろう?
 無信心ながら御朱印だけはちゃっかりいただくという、何と罰当たりな!御朱印集めをすることで神罰が下りそう――って本末転倒やん。
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 No.18 宗忠神社 「大元宗忠神社」 2015-05-06(Wed)
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# by yan-puchi | 2015-06-19 02:36 | 岡山県・神社 | Comments(0)
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 蓮台寺  真言宗御室派 別格本山 
 山号:由加山  本尊:十一面観音、瑜伽大権現
 創建:天平10年(738年)  開基:行基
 札所:中国三十三観音霊場 第6番、百八観音霊場 第8番
 所在地:岡山県倉敷市児島由加2855
 蓮台寺HP:http://yugasan.jp/ 
 由加神社本宮との対立を示す看板の前を通り、神社の隣にある第6番札所・蓮台寺へ。由来については由加神社と同じであるが、奈良時代に行基が瑜伽山だか由加山だかに一寺を開き、阿弥陀如来薬師如来の二尊を“瑜伽大権現” として祀ったのが蓮台寺の始まりだという。 
 平成10年に完成した総本殿に入ると、日本最大級の厄除け不動明王(火焔光&条帛は真っ赤で、明王は真っ青。何だか有難みに欠けるようだけど、仏教関連って派手な色彩のものも多いよね)が出迎えてくださる。
 早速蓮台寺で御朱印をお願いしようとするも、先に神社でいただいた御朱印の横に書いていただくのも悪い気がしたので、わざわざ1ページとばして依頼したものの、お寺の方が何故か前のページを捲って由加神社の御朱印を確認(?)したので、私のささやかな気遣いは全くの無駄になってしまった。うーん、何だかすみません。
 備前藩主・池田侯の祈願所となり、藩主自ら参拝していたというだけあってお寺自体は素晴らしく、池田の殿様が参拝の折に宿泊されたという客殿には、円山応挙の絶筆とされる「竹鶏の図」や、狩野探幽筆「七賢人図屏風」等の見事な襖絵とかもあったのだが、どうもお寺と神社の関係の方が気になっちゃって(^^;
 持ち帰ったパンフレットやそれぞれのホームページなどを改めて見てみると、両者が如何にいがみあっているかがよく分かる。たとえば
 「ご利益のある厄除け石段 表参道よりお参りしましょう!!」(由加神社 パンフレット)
 「児島・玉野市方面から蓮台寺へお参りの方は『表参道』の駐車場の前を通りますが、必ずそこは通りすぎて、お参りに最も近い蓮台寺駐車場までどうぞ」(蓮台寺 ホームページ)
 「この建物は葬式・法事殿 蓮台寺」(由加神社パンフレット 境内図) 
 「昨今、由加山蓮台寺境内駐車場並びに、周辺路上において、当由加山蓮台寺とは無関係の悪質な客引きや、案内をする者がいるという情報がございます。(案内に従うと、由加山蓮台寺とは無関係の場所へ連れて行かれることになります。)」(蓮台寺 ホームページ) 等々。
 どちらかといえば、蓮台寺側が由加神社に対して業を煮やしているように感じられる。両者間で何があったかなんて知ったこっちゃないが、これは流石にマズいんじゃないの!? 嗚呼、仏の慈悲もどこへやら…(´ヘ`;)
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 No.17 由加山 蓮台寺 「瑜伽殿」 2015-05-06(Wed)
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# by yan-puchi | 2015-06-17 13:29 | 岡山県・寺院 | Comments(0)
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 由加神社本宮  単立神社
 祭神:手置帆負命、彦狭知命、神直日神
 創建:天平5年(733年)  創祀:行基
 所在地:岡山県倉敷市児島由加山2852
 由加神社本宮HP: http://www.yugasan.or.jp/
 第7番札所・円通寺に続いては、一つ戻って第6番札所のある厄除けで有名な倉敷市児島の由加山へと車を走らせた。途中で道が分からなくなり、焦りながらも何とか由加山へ通じる道を見つけて山道を上っていくと、“表参道” 前の駐車場に辿り着いた。
 車を降りると正面に長~い石段と鳥居、そして「ご利益のある表参道入口」という看板があった。“6番札所は由加山” ということだけを頭に入れていたので、何とも思わずにただ石段の長さに辟易しつつぜぇぜぇと上りきったところに立派な建物があった。ほぉ、ここが第六番札所の由加山か。何も考えず参拝し、御朱印をいただいて帰ろうとしたところで奇妙な看板が目に入った。
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『瑜伽大権現蓮台寺ご参拝の方へ お知らせ

 平成9年3月3日、突然活動をはじめた由加神社は、由加大権現と文字を変えて権現さまの名称を使用していますが、この由加神社と

千三百年の歴史をもつ別格本山瑜伽大権現蓮台寺とは一切関係ありません

ご祈祷・お札・お守りを、お受けの際は間違いのないようにご注意ください』

 ええッ、何コレ!? どういうこと!? ショック
 どうやら今しがた参拝したのは由加神社本宮で、隣接しているお寺が第6番札所の蓮台寺らしい。成程、神社とお寺は別なのね。この看板に気付かなければ、勘違いしたまま帰るところだった。…ってそれにしてもこの刺々しい看板はどうなんだろう。相当いがみ合ってるんだろうなぁ。

 元々由加山は古来より巨岩を御神体(磐座信仰)として近郊の人々に崇められ、その後天平5年(733)に行基が十一面観音を祀ったことにより、神仏混淆の霊山として崇拝されるようになったという。桓武天皇をはじめ朝廷の祈願所として、また江戸時代には備前藩主池田侯の祈願所として年に三度は藩主自らご参拝していたそうな。
 明治時代になると神仏分離令によって由加神社と蓮台寺に分離され、由加神社は全国に末社52社を有する厄除けの総本山となった。また、由加山と讃岐国の金刀比羅宮を両方参拝すればご利益が沢山頂けるという「両参り」なる風習もあるのだとか。
 神仏分離令後も蓮台寺により一体的に運営されていたらしいが、平成9年(1997年)3月3日、由加神社が宗教法人としての独自活動を開始したことにより、蓮台寺と対立するようになったそうだ。
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 No.16 由加神社本宮 「由加宮」 2015-05-06(Wed)
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# by yan-puchi | 2015-06-17 02:52 | 岡山県・神社 | Comments(0)
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 円通寺  曹洞宗 
 山号:補陀落山  本尊:聖観音菩薩
 創建:元禄11年(1698年)  開基:徳翁良高
 札所:中国三十三観音霊場 第7番、百八観音霊場 第9番 他
 所在地:岡山県倉敷市玉島柏島451
 中国観音霊場HP:http://www.kannon.org/ 
 地元で真っ先に御朱印をいただいた誕生寺西大寺は、それぞれ山陽・山陰の名刹古刹37ヶ寺を結ぶ中国観音霊場の特別霊場と第1番札所だそうで、ならば県内に8箇所ある札所を回ってみよう――と、倉敷市玉島にある第7番札所・円通寺へと車を走らせた。 
 円通寺は奈良時代、現在の倉敷市玉島の地に行基によって星浦観音の霊場が開創され、元禄11年(1698年)加賀国金沢の名刹・大乗寺の住職を退いた高僧徳翁良高禅師により曹洞宗寺院として開山されたそうな。
 ここは良寛和尚が若い頃に十数年間修行した寺として知られ、良寛さんが修行した僧堂は良寛堂として今も当時のまま残っている。良寛さんの辞世の句といえば、「散る桜 残る桜も 散る桜」。“今はどんなに美しく咲いている桜でも、いつかは必ず散っちゃうよ” という意味だが、限りある人生の中で今を如何に生きるか――。永遠も半ばを過ぎ、日々健康であることに感謝しながら、ひとつでも多くの寺社仏閣を見て回り、御朱印をいただきたいと切に願う。
 お寺もいいけど、何といってもここの見所は寺域一帯の円通寺公園と、眼前に広がる玉島湾や水島灘の眺望だ。
「岩のよろしさも良寛さまのおもいで」 自由律俳句で知られる俳人・種田山頭火が昭和11年に円通寺を訪れ、詠んだという句碑が公園内に建っていた。岩の多いお寺のその一つ一つに厳しい修行時代の良寛さんの面影を偲び、後年の遊戯三昧自在の境涯に入った真人良寛様を遠く拝んだ句なのだとか。
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 No.15 補陀落山 円通寺 「大悲殿」 2015-05-06(Wed)
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# by yan-puchi | 2015-06-15 23:37 | 岡山県・寺院 | Comments(0)